私のご主人様~ifストーリー~

「季龍、さん」

自分の口からこぼれ出るように呟いた名前。掠れたような声だったのに、静かな部屋には響いたような気がした。

「ッ…」

我に返ったのか、季龍さんは急に背を向けてしまう。そのまま玄関へ向かおうとする姿に慌てて立ち上がる。

「待って!!」

去って行こうとする背中に飛び付く。その瞬間、鼻を突いた臭いに服を掴む手の力が一瞬緩む。

「放し…放して下さい」

使われた敬語に胸の奥が痛む。

それでも、わずかに緩んだ手の力を込める。

「嫌です。…行かないで」

素直に口からこぼれた言葉以外に、どう引き留めればいいんだろう。どうすれば話をしてくれるんだろう。

季龍さんは私の手を振り払うこともせず、ただ立ちすくんでいた。

どうすればいいのか分からないのは、季龍さんも同じ…?

その時、給湯器からお風呂が沸いた音が響いた。
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