私のご主人様~ifストーリー~
「本当に“分からない”のよ。私は何1つ教えてもらえなかったから。なにも知らないまま、あなたを連れてここに越してきたんだもの」
お袋と視線が重なる。でも、お袋は俺を見てはいなかった。
俺を通して、誰かを見ているその目は、今までお袋が俺に向けてくれていた目とは全く違う。
1人の女が、男を見つめる目だった。
「聞きたい?バカな女の話」
それが誰のことを指すかなんて聞かなくても分かる。
そういえば、お袋が自分のことを、自分の昔話をしてくれたことなんて1度もなかった。
自分でも気づかないうちに頷くと、お袋は俺から視線を外して、自分の手に視線を落とす。
お袋は肌身離さず身に付けているピンキーリングをそっと撫でる。
「15歳、高校に入る直前だったなぁ。母さんね、人身売買にかけられたの」
「は?」
唐突な告白にそんな返事しか出来ない。
なんだよ、人身売買って。そんなあっさり言うことじゃねぇだろ。
お袋は続ける。
お袋が歩んできた人生を。
お袋が“初めて自分で選んだ人生”の話を。
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