求婚蜜夜~エリート御曹司は滾る愛を注ぎたい~
「……そこまで不満を持ってたの?」
同じ部内でも立場で溝があるのは分かっていたし、建築士側に梓が言ったような不満があるのも知っていた。でもこれ程嫌われているなんて。
ショックだった。理不尽な依頼にも出来る限り応えていた。自分なりに頑張っていたつもりだったのに少しも伝わっていなかったなんて。
無力感でいっぱいになり、これ以上反論する気力が湧いて来ない。
そのとき遥人が結衣の腕を掴み、彼の後ろに隠されるように引かれた。
「瀬口さん、それ以上の暴言は止めた方がいい」
「暴言じゃありません! 前から思ってたことです」
「楽なポジションとか見てるとイライラするは言っていい言葉じゃない」
遥人の声が厳しいものになり、梓が少しだけ怯む。
「で、でも……才賀さんは仕事内容に不公平さを感じないんですか?」
「さっき水島さんも言っていたけど、瀬口さんは相手の気持ちを考えた方がいい。大変なのは自分だけじゃないのだと知った方がいい。もっと周りを見るんだ」
「でも……才賀さんだって言ってたじゃないですか。私の仕事はみんなより多いって」
梓の勢いは大分衰えて来てはいるものの、立ち去る気配はまるでなかった。
話の内容も結衣を責めていたものから逸れて来ている。梓は遥人だけを見ていて、結衣の存在などすっかり忘れてしまっているようだった。
遥人にかばわれるように一歩引いて見ていると、冷静さが戻って来た。
梓の剣幕を恐ろしいとも思わない。ただ幼い子が癇癪を起しているように見える。
遥人は溜息を吐き、結衣を振り返った。
「ごめん。先に行っていて」
「でも……」
気が進まない。遥人と梓をふたりきりにするのが嫌だった。
遥人は察しているのか、申し訳無さそうに言う。
「ごめん。高野が遅れるからどちらかが行かないとまずい」
「分かった……でも、なるべく早く追い付いてね」
後ろ髪ひかれながら、結衣はその場を立ち去った。