求婚蜜夜~エリート御曹司は滾る愛を注ぎたい~
「おはようございます」
入社して初めてと言っていい程、小さな声だった。
それでも扉近くに居た数人が気付き挨拶を返してくれた。
さり気なく視線を遣り遥人の席を確認する。彼の姿は見当たらない。
現場に直行だっただろうか。自席で彼のスケジュールを確認する。
午前中は社内でミーティングで午後からは横浜の現場。ということはもう出社しているはずだ。コーヒーでも買いに行っているのかもしれない。
新たな緊張がこみ上げる。それを誤魔化すように忙しく手を動かし仕事の準備を始める。
(目が合ったらどんな顔をすればいいんだろう)
仕事の件で遥人から話しかけて来る可能性もある。そのときはいつも通りに対応しなくては。
(私、冷静でいられる?)
気持ち的には今にも泣きそうだと言うのに。
彼と会うのが怖くてパソコンの画面から視線を外せない。メールのチェックをしながらも、意識は扉に向いている。
あの扉が開き遥人が入って来たら……落ち着かない気持ちでいる中、手元に影ができたことに気が付いた。同時に名前を呼ばれる。
「水島」
「あ、白川課長、おはようございます」
白川とは遥人と同様に、横浜のプロジェクトが立ち上がってから密に関わるようになった。
打合せが長引き三人で遅い昼食を取ることも多く、課長と立場は上だが気楽に話せる間柄だ。
その白川が普段とは違う険しい顔をしている。
「ちょっと来てくれ」
白川が打合せルームに視線を向けながら言う。
「はい」
こんな風に結衣ひとりだけ呼び出されるのは初めてだ。
何かとんでもない失敗をしたのだろうか。不安になりながらも白川の背中を追い、フロアの端にある小部屋に入る。
彼は扉を閉めると椅子に座る時間も待てないと言うように口を開いた。