さよなら虎馬、ハートブレイク
渾身のノリツッコミを披露したところで、先輩は首を鳴らしながら戻ってきた。彼の運動神経がいいことは球技大会の時にも思い知ったし、今更速いと言われても改めて驚きはしないけど。
「でも陸上部でも長距離だったんでしょ? それで6秒18はすごいよ」
「なにっ…私より速いだと」
「ちな、現役時代は6秒フラットだったこともあります」
Vサインを目元に掲げててへぺろしてくるのがめっちゃうざい。
「でも、高校生活最後の体育祭でオズちゃんと走れんならそれ本望だよね。全力で俺の胸に飛び込んでおいで、全力で抱きとめるので」
「抱きとめる前に走れよ」
「はーつれな。俺ら相合い傘した仲なのnッ」
言い切る前に思いっきり文庫本を投げつける。
「いっで!! バカお前人に物投げんのはやめなさい」
「先輩が変なこと言うからでしょ!?」
「へー、二人なんやかんや進展してて嬉しいよ、って待っておれも何この親目線」
「進展なんかしてません! このばかが勝手に───痛つっ」
さっき先輩に投げた文庫本を拾い上げてまた牙を剥いた時だった。人に物を投げるなんて悪行が祟ったのか、紙の切れ端で指が切れた。すぱ、と筋の入った所から、間を置かずにじわりと血が滲んでくる。
「何やってんだよおっちょこちょい…見せてみ」
「や、やだ。ってか寄らないでください」
「大丈夫? 絆創膏…は、あー鞄の中だから教室だ。おれ取ってくるよ」
「あ、平気です。こんなの舐めときゃ治るし、それなら保健室近いからそこで絆創膏借りてきます」
「俺も行こうか」
「結構です」
べーっと舌を出すと先輩が今にも追いかけてきそうな仕草をするから、私はすぐさま廊下に逃げ込んだ。
「失礼します」
鬼頭先生が赴任してすぐの頃は男子生徒でごった返していた保健室は、彼女の“本性”が露わになってからは鎮火し、今では本来あるべき元の静かな姿に戻った。
返事を待つけど、反応がない。…先生はどうも不在みたいだ。
渋々中に足を踏み入れて、今にも血が滴り落ちそうな指をぱくりと口に含む。うげ、まずい。鉄の味。