さよなら虎馬、ハートブレイク
でも前に、私が先輩のスニーカーに戻してしまって、その代償にと支払った諭吉さんを、彼は私に触れる手立てとしてマジックハンド、そして“男性恐怖症克服”勉強のための本に費やしていた。
そして今もなお彼は私の前に現れるとき、性懲りも無くそのみっともないマジックハンドを携えている。
「まぁあの男がその点踏まえてお前に接触してたかどうかは甚だ疑問だ。何分根っからの女たらしみたいだしな、大目に見て半分ってところだろ」
「…」
「ともあれ注意が必要なのは無理に初めから恐怖感の強い場面に身を置き事態を悪化させること。
藤堂のやり方も一理あるが、お前にとってはそいつ…塩見だっけ? 恐怖症を発症する前を知っている人間に協力してもらうことは、精神的にも楽なんじゃないか」
「でも…」
「自分の胸の内をさらすのも、「変わる」為の必要な手立てだよ」
(天の河に協力してもらう…)
先生に言われるまで、全くその発想はなかった。
確かに天の河とは小学生のとき以来だし、そこにブランクはあれど当時を知っているだけにまだ他の男子よりは話しやすい…かもしれない。
けど、彼とはつい昨日、再会したばかりだ。それも実に七年ぶりに。いくら小学生の頃に面識があったにしても見た目だって変わっててわからなかったくらいだし、そもそも今の天の河が何を考えているのか、私には全くわからない。
「…う──────ん」
「わっ!」
「うゃっ!?」
突如、誰かの声が右耳を劈いてびくうっ、と飛び上がる。自分の席で腕組みをしていた私の体は全身で跳ねて、キーンと耳鳴りがした。
生理的な涙目で上を見ると、柚寧ちゃんが得意げにふふん、と笑っている。
「ゆっ、柚寧ちゃん…!?」
「へへーん。驚いたか。ね、今日災難だったねー、凛花ちゃん、廊下に立たされるなんてさ」
廊下に、立たされる。ああ、あれか。
かれこれまだ数時間前の話なのに、考えることが色々あってすっかり忘れてた。
「定期的に考え事してるよね、球技大会の種目決めの時もそうだったし…何考えてたのー? あ! えろいことだ」
「違う」
「えーっ。何々教えてよきーにーなーるー」
私の席の隣で立ったままぶら下げた手を前後ろにぶんぶんする柚寧ちゃん。なにそれ適度にうざいな、と思いつつ、無視を決めようにもどんどん声が大きくなるから思わず手を引っ張って前の席に座らせた。
そして、そのままあのね、と耳打ちをする。