さよなら虎馬、ハートブレイク
 

「や──────っぱ男の子のこと考えてたんじゃんっ!」

「し───っ!」


 何この子。なんで声あげるの。耳打ちした意味ないじゃん!

 クラスメイトの視線がちらほらこっちに向けられてから間もなく、私はもういっぺん柚寧ちゃんを引き寄せた。鼻腔をくすぐる、甘いバニラ。


「え、小学生の頃の同級生? 昨日の体育委員くんが?」

 もう声は張り上げないでね、の意を込めて、至近距離で小刻みにこくこく頷く。

「えーすごいっ! それってそれって、つまり運命の再会ってこと!? やだ、素敵ー!」

「違うと思う」

「んー待って…今絶賛ローディング中…」

 萌え袖にしたカーディガン、その両手から人差し指だけを覗かせて、くるくるとこめかみをなぞる柚寧ちゃん。その仕草一つで可愛いが、どこぞで見たことあるなこれ。確か頓知(とんち)に詳しい…。

「ぱっ! 思い出した! 昨日の体育委員くん! 1-Dの塩見(しおみ)大河(たいが)

 170㎝52㎏、剣道部所属、黒髪色白大きな目、その甘いルックスから女の子と勘違いされることも多々、一方で部活動に励む真面目かつ謙虚な姿勢を顧問の先生にも買われてて密かに女子ファンも多い男の子っ!」

「データすごいな」

「ばたんきゅ〜っ」

 早口でまくし立てた結果酸欠になったのか、私の机に顔を突っ伏す柚寧ちゃん。どうしたもんかと見つめていると、ガシッと両腕を掴まれた。

「でっ!? 付き合うの!?」

「なんでそうなる?」

「えーっ、だって運命の再会を果たした男女が高校生になってから付き合うのなんて、少女漫画じゃ王道じゃ〜ん」

 なんなの、どいつもこいつも。現実は少女漫画みたいに甘くないから。

 ねーねー、と腕をちょんちょんしてくる柚寧ちゃんのかまちょから逃れながら、でも喉に、魚の小骨のような気がかりが引っ掛かった。


 塩見大河。


 …塩見、大河。



 …なんで、苗字が変わってるんだろう。
 



「小津さーん」

 ふいに名前を呼ばれて、声のした方に振り向く。「呼んでるよ」、と私を呼びかけてくれたクラスメイトが一歩退くと、後ろの扉の所から天の河が少しだけ顔を出して、軽く手をあげた。

 それを見て柚寧ちゃんがひゃ、と縮こまる。


「おっ。噂をすればなんとやら♡ だね」

「うるさいなぁ」



< 121 / 385 >

この作品をシェア

pagetop