さよなら虎馬、ハートブレイク
私はとぼけてみる。
「スーパーマンにでもなろうって?」
「真面目な話だよ」
視線をふいに、隣に向ける。天の河は組んだ両手を膝に置いて、前のめりになったまま地面を静かに見つめていた。
「…それって、天の河の苗字が変わったことと何か関係してるの」
私の言葉に、前を向いていた天の河の目が、横目で私を捉える。光が見えない、と思った直後、軽く笑って上体を背もたれにぐーっと起こした。
「内緒」
「は!? な、なんだそれっ、」
「今は僕のことより凛花ちゃんのことが知りたい」
「、」
「ずっと逢いたかったんだ」
真っ直ぐ射抜かれて、びく、と肩が揺れる。
な、何、何その台詞。七年の間に何があった。寺に篭って恋愛修行でもしたんか。じ、と見据えてくる瞳は力強いのに、でも間合いに入ってこない天の河に、そろ、と視線を外す。
「…か、からかうな」
「うん、でもちょっと口悪いのは健在だね」
なんだとこの野郎。きっと目を剥くとははは、と軽く笑われて、なんか明らかにナメられててむかついた。これじゃ形勢逆転じゃないか!
「昨日驚いた態度取ったけど、ここだけの話、同じ学校って入学した時から僕、実は知ってたんだよね。なんとなくだけど噂も聞いてる」
天の河が視線を伏せながら言っているのはきっと、私がたった今燻っている“男性恐怖症”のこと、だと思う。それに関しては私も返事をしないでいると、天の河が続ける。
「でも確証が持てなかった。だって七年も経ってるし、似てるなーって思ったくらいで…会いに行けば良かったんだろうけど、いかんせんそんな度胸なくて。
そんな矢先。入学してわりかしすぐの頃かな、凛花ちゃんが先輩に絡まれてるところを見かけた」
「え?」
「覚えてない? 渡り廊下で、三年の…モデルみたいな女の人に絡まれてたと思うんだけど」
そこで思わず顎に手を添える。え、待って…。入学してすぐで、三年の女子の先輩に絡まれた時って安斎先輩との一件くらいしか。
そこで、はたと。
あの時、あの瞬間の記憶が蘇る。私が出過ぎた事を言いすぎて、逆上した安斎先輩に胸ぐらを掴まれたあの一瞬。
視界の端に映った、男の子がいたこと。
「っうそでしょ!?」
「やっと思い出してくれた? 通りかかっただけだったんだけど、普通じゃないなって。あの時先生呼んだの、僕ね」