さよなら虎馬、ハートブレイク
名前を持たない感情たち
二週間後の体育祭に備えて、三学合同リレーの放課後練習が始まった。
学年ごとの代表者二名は、公平を期すために男女3:3の計6名で構成される。学年でもタイムがトップ10の中に入る男女が選抜され、一番タイムが伸びるように三年生が検討に検討を重ねたという走者順序を前に、本番でもないのにグラウンドに集まった生徒たちの間にはぴりぴりとなんとも言えない空気が流れている。
──────ただ一人、アンカー走者の分際で女子と楽しそうに喋っている先輩一人を除いて。
「俺に繋げるのがミサキちゃんなら言うこと無いねえ、バトンパスのとき反動で抱きしめたらごめん」
「もう、またバカなこと言って」
「いやいやマジ…」
「んっ、んんっ!」
見兼ねた私は盛大な咳払いをかまして、ぎっと藤堂先輩を睨み付ける。その隙をついて脱兎のごとく逃げてしまう女子の先輩を目で追う先輩に歩み寄るのに、この男ときたら。よそ見したまま締まりのない顔を綻ばせた。
「照れちゃって。かーわいいんだから」
「合コン会場かなんかと勘違いしてんなら真面目に練習してください」
「はは」
なんだその愛想笑い。
両手を体操服に突っ込んだまま遠くを眺める先輩は、なんか様子が変だ。どこか違和感を感じつつも、ふと彼が上半身に身に付けた襷が目に止まった。
赤色の襷。私も、同じ色のをつけている。
「赤団だって? 聞いた時驚いた、マジで同じチームになるとは」
「私もです。でもそれを理由にチームメイトは勝ったも同然だって練習そっちのけで。肝心の主戦力に至っては女の人に鼻の下伸ばしてる始末。
ちょっとはまとめる側の身にもなったらどうですか」
「まとめる側だってよ」
よそ見をしたまま嘲笑気味にはっ、と鼻を鳴らす先輩、その素っ気なさに目を丸くする。そこでやっと違和感の理由に気がついた。…さっきからこの人。
私の目を見て話してない。
「回りくどい言い方する必要あんの? 俺に気ィ遣ってんならお構いなく~別にそんなんで妬くほどこっちもそこまできみに固執してないんで」
「…何の話してんですか」
「本人に聞いてみれば」