さよなら虎馬、ハートブレイク
素っ気なく言われてあれ、と思う。
でも私は、心がやさしいんだと思ったって、言おうとしたんだよ。それからお伺いを立てるみたいに見てた私の様子に気付いたのか、天の河は軽く笑う。
「僕はもうあの頃みたいな弱虫じゃないよ」
「…うん」
「今はどっちかって言うと理数のが得意かな。わかんないとこあったら教えるよ、確か範囲は…」
「先輩こっちこっちー!」
図書室の扉が開くと同時に届いた甲高い声に、二人して顔を上げる。すると入り口フロント側から、柚寧ちゃん、それから彼女と腕を組んだ藤堂先輩が現れた。
え、と声に出す私に、先輩もまた私を見て同じような顔をした。
「あっ! 二人とも探した~! お昼休みになるなり急にいなくなっちゃうんだもん、お勉強? 抜け駆けなんてずるい~!」
腰に両手を当ててぷりぷりと怒る柚寧ちゃんは、私たちの元に駆け寄ってくる。そこでようやく自分の口があほみたいに開いていたのに気がついて、手で顎を持ち上げた。
「常葉《ときわ》さんも勉強しに?」
「うん! 私算数から壊滅的だから、ここは学校1の秀才に勉強教わろうと思って。ねーっ、先輩」
覗き込むように見上げられてまた前の時と同じような顔をする先輩に、ちく、ってまた何かが刺さる。なに。なんなの。
「あ、でもそれならちょうどいいや、二人も一緒に勉強しようよ」
「「え」」
「その方が情報共有出来るしさっ、ね、いいでしょ塩見くんっ」
「え、あ…そだね」
「そうと決まれば座った座ったー!」
(…なんでこうなったんだ)
半ば押し切られる形で話が変な方向に転び、気が付けば私と天の河、柚寧ちゃんと、先輩。そんな異例の組み合わせで図書室の机を囲うことになった。
配列としては、私と天の河が机の端でL字を描くようにして座っていたので、その向かいに先輩、それから柚寧ちゃんが横並びになる形だ。
情報共有ってったって、初めに範囲を確認したっきり。それぞれが勉強に集中し出してしまえば、人間が多ければ多いほど私語が行き交い邪魔になる。
「えー、待って計算早くてわかんない」
「ゆっくりでいいから、空いてるとこに計算式書いてみな」
「わっ先輩指ながーい」
「いや指じゃなくてね」
それがいちゃいちゃであれば尚のこと。
(あんたら無駄に近くないか距離)
と言うのも、隣り合う二人の肩と肩は触れ合い、頭を抱える柚寧ちゃんに先輩が前のめりになる度、向かいの彼女の頬は桃色に染まっている。元より女たらしのこの男だ。パーソナルスペース皆無なのはいいけど自分に向けられた好意くらい察してほしい。ばかなのかな。死ぬのかな。