さよなら虎馬、ハートブレイク
「凛花ちゃん」
「…………なに」
「…わかんないとこあったら気兼ねなく言ってね」
なぜか笑顔を引き攣らせる天の河に目線だけをくれて、シャーペンを持ち直す。しかしノートにペン先を当てた瞬間ぼきりと芯が折れてしまって、思い切り歯を食いしばった。
「わ、本当だ解けたわかりやすい! さすが成績首位…って、あれ? 先輩シャツのボタン外れてる」
「え? うわ本当だ」
「付けますよ、ソーイングセット持ってるんで私」
「マジでかさすが女子っすね」
えへへ、とはにかむ柚寧ちゃんは先輩と向かい合わせになると、ピンク色の小型ケースを取り出し中から小さなハサミや糸を取り出す。別に興味があったわけじゃない。ただ人が勉強してるのに向かいでそんなことされてたら目がいく、理由はそれだけで。
ちらと上目で盗み見ていたら、横目でこっちを見た先輩とばっちり目があった。
「…オズちゃんつけてみる?」
「えっ…、い、いや。てかなんで私が」
「名付けて女子力UPと男性恐怖症克服一石二鳥大作戦」
「長いわ。…そもそも私柚寧ちゃんみたいなソーシャルセット持ってないし」
「ソーイングセットな」
「もうやだ凛花ちゃん何ソーシャルセットって! 笑わせないでお腹いたい~!」
冷静にツッコまれスルーしようとしたものの、柚寧ちゃんが涙目になるほど大笑いするものだから逆に恥ずかしくなってきた。真っ赤になって俯《うつむ》いていると、隣の天の河がここ間違ってる、と優しく微笑む。
「計算は丁寧にしなきゃだめだよ。せっかく合ってたのにニアミスで落としたらもったいない」
「ご、ごめん」
「ううん、けど飲み込みは早い方。一回教えただけでここまで解けちゃうなんてさすがだよ」
「天の河の教え方がわかりやすいからだよ。あ、でも二次関数でよく間違える」
これとか、と教科書を指差すと隣の天の河が少しだけ身を乗り出す。
「0≦x≦2において関数:|x^2-ax-b|の最大値を最小にする係数a、bの値…か、えっとこれは」
「a=2、b=-1/2」
向かいからの声に顔を上げると、ボタンを付けて貰っている先輩が頬杖をついてそっぽを向いていた。
一度天の河と目を合わせ、再び教科書に戻る。
「…私因数分解も応用効かせられると無理で」
「x^3+3x-4ね。これは」
「(x-1)(x^2+x+4)」