さよなら虎馬、ハートブレイク
 

「隣、いい?」


 休み時間。中庭でぼんやり空の雲を目で追っていると、その人に話しかけられた。


「…智也先輩」


 ベンチの真ん中に座っていた私は目を開き、にこりと微笑む彼を見るなり、慌ててベンチの端に寄る。
 それに軽く頭を下げて腰を下ろした先輩は、持っていた文庫の裏表紙を見ながら呟いた。


「珍しいね。今日はひとりなんだ」

「あ、はい…柚寧ちゃんもあまのが…友だちも、体育祭の仕事で忙しくって」


 先輩は、たぶんその付き添い。

 平静を装って、本当な酷く動揺してた。無意識に逸らした視線は中庭花壇に向かって、なにを言うこともない。味がしない。さっきからご飯、食べてるのに。
 ずっと咀嚼していたたまご焼きをようやく飲み込んで、そのまま蓋を閉める。もうお腹空かないから、ごめんなさいをしよう。


「ボタン付けてもらったんだってね」

「…え?」
「藤堂がね、その子に」
「………あぁ」

 なんでそんな話、と思った。もうすっかりやさぐれていて、その理由もわかってるはずなのに、今日今この瞬間も気づかないフリして自分の首を絞めている。軽く皮肉で笑ったら、毒気のない智也先輩に微笑まれた。


藤堂(あいつ)小津(おづ)さんに付けてもらいたがってたよ」

「…無理ですよ」

「どうして?」

「私裁縫得意じゃないし」

「うん」

「ソーシャルネットワークだし」

「…うん?」


 不貞腐(ふてくさ)れてスカートに握る手にぎゅっと力が籠る。…多分、というか絶対、柚寧ちゃんは先輩のことが好き、なんだと思う。現に以前先輩にタオルを渡していたのもそういう気持ちがあったからだろうし、見てればわかる。それなら、この状況で邪魔なのは誰が見ても私の方だ。


「藤堂と話してる?」

「…いいえ」

「あるんでしょ。悩んでること」

「…」

「小津さんが手を伸ばせば、藤堂はすぐに手を差し伸べてくれるよ。でもそうじゃないって思ってる。違う?」


 優しく問いかけられ、俯いた私は無意識に下唇を噛み締める。スカートの裾は力を込めるあまりプリーツが崩れるくらいくちゃくちゃになっていた。

「…怪我したんです、柚寧ちゃん、チアの練習中。何をするにも不便だし、今は誰かがそばにいてあげなくちゃいけなくて」

「…」

「先輩には柚寧ちゃんがいるし。
 …私が出しゃばったら。柚寧ちゃんに悪いから」

「…ふーん」


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