さよなら虎馬、ハートブレイク
「それで今、小津さんがひとりなんだ」
「…」
「それだけで全部持ってっちゃうんだ」
自分に言い聞かせるように呟いた言葉、そこに嘘偽りはない。私が知らないふりをしておけば、まだ今なら全部気づかないで捨てられる。そうしてようやく顔を上げた私に隣の智也先輩は、私の顔を覗き込んで諭すように問いかけた。
「自分が協力してほしいときには散々利用するくせに
〝友だち〟が本当に苦しんでるときにはそばにいない。
ねえ小津さん」
それってさ、
「本当の友だちって言うの?」
☁︎
「顔色悪いよ」
体育の授業中。もっぱら体育祭の競技練習に費やされるその時間、自分の出場種目の練習を終えて石段に腰掛けていると声をかけられた。
天の河だ。声だけでわかる。座って膝の上に額を置いていた私は、ゆっくりと頭を持ち上げると笑ってみせる。
「あんたにだけは言われたくない」
「本気で言ってるんだよ」
ムキになるように凄まれても、この男の言葉だと怖さなんて皆無だ。だからと言って、それ以上相手に返してやる言葉も見つからない。その程度には、私は自分のことでいっぱいいっぱいだった。
休み時間、智也先輩に言われた言葉が何度となく頭の中を駆け巡る。その度にそれについて自分の中で葛藤が鬩ぎあい、衝突を繰り返していた。
ぎゅっと硬く閉ざした世界も、呼ばれて引っ張り戻される。
「小津、本当に体調悪いでしょ。練習はもういいから、僕付いてくし保健室行こう」
「平気だって。私そんなにひ弱じゃないよ」
「でも」
「塩見ー! ちょっとこっち来てー!」
天の河が身を乗り出した瞬間、遠巻きから届いた声。それに珍しく苛ついた様子で眉を顰める彼に、私は指をさして応える。
「呼んでる」
「…すぐ戻ってくるから」
そんな、生死を彷徨う重病人置いてくみたいな顔しなくても。ぱたぱたと駆けていく天の河を目で追って、それから静かに目を閉じる。私は大丈夫。全然平気だ。これは私の問題。今までだってひとりでやって来た。ひとりで、そう、うん。
…何だか頭がぐらぐらする。
「小津さーん、あれ、どこ行った」
「あそこにいるよ」
「あ! おーい」
(…行かなきゃ)
ゆっくりと目を開いて、立ち上がる。その瞬間、見上げた太陽が一気に斜め下へと落下した。