さよなら虎馬、ハートブレイク
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「オーズちゃん」
梅雨の晴れ間だ。見上げた空の青さにぼうっとしていると、背後から声をかけられた。振り向いて、私は口を開く。
「藤堂先輩」
いつものにこにこ笑顔を浮かべる先輩は、背中に何かを隠し持っている。少し顔を傾けるが見せてくれそうもない。そのくせ彼は何かを聞いて欲しがっていて、相変わらず面倒くさい男だな。
「何持ってんですか」
「あれ? 気になる? 見たい? ど~しよっかn」
「別にいいです」
「嘘ですごめん頼む聞いて」
安定の塩対応を向ける私、それに媚びへつらう彼にはプライドなんてものはない。片眉を下げて苦笑いしプレゼンを促すと、彼は盛大な咳払いをした。
「たらりらったら~、〝つつぬけ電話〟~」
「何それ」
「説明しよう! “つつぬけ電話”とは、さっき物理の授業中作った藤堂特製男女の本音が伝わるそれはそれは優れた代物なのである」
「いやただの糸電話ですよね」
「喧嘩中のカップル3組が授業中に仲直りした経験と実績あり」
「真面目に授業受けてください」
糸は全長10メートル。長さがあれば橋渡し出来ないオズちゃんでも平気かと思ってさ、と言った先輩は私に糸電話…ならぬ、“つつぬけ電話”の片割れを投げて寄越し、後ろ足で距離を取っていく。
糸電話は音声を糸の振動に変換して伝達するため、糸をピンと張る必要がある。ベンチ前に立つ私から10メートル離れた中庭の花壇横、糸がきちんと張ったことを確認すると先輩は紙コップを口に当てる。
《‥…ブラジルのひと聞こえますかー》
「違うでしょそれ」
遠く離れた距離で先輩が白い歯を見せて笑っている。喧嘩ップル3組を仲直りさせた実績があるだけに、無駄に精度は高そうだ。
「せっかくだから適当に質問投げかけてー、あ、スリーサイズ以外でよろしく」
「聞かねーわ!!」
馬鹿げた言葉一つで赤くなる自分に腹が立つ。相手が遠くでコップを耳に当てたのを確認すると、私はコップを口に当て、仕方なし適当に質問を考える。
「好きな食べもの」
《‥オムライス》
返ってきた。思わずテンションが上がり、その気になって質問する。
「嫌いな食べもの」
《‥芽キャベツ》
「犬派、猫派」
《‥犬》
「柚寧ちゃんのこと、すき?」
自分で投げかけておいて、いざ言ってからハッとした。なんで私今、こんなこと聞いたんだ。
先輩が向こう側で紙コップを外したのが見えて、動けずに固まっていると。こっちまで歩み寄ってきた先輩が、伏せた視線をパッと上げた。