さよなら虎馬、ハートブレイク
「ごめん最後のよく聞こえなかったんだけど何つった?」
「…今まで付き合った女性の人数」
「おっと。それは耳が痛いわけだ」
適当にはぐらかして、ぺいっと紙コップを投げ返す。むしろバレなくて良かった、気付かれなくて良かった、と。
ベンチに置いていた本を手にしたその時だ。
「好きじゃないよ」
「!」
「らっきょうも最近無理なんだよ、あんま口にすることないけどあと茗荷! なんかあれカメムシの味する食ったことないけど」
「…あ、そっち」
なんか特殊な味だよなーとか顎に手を添える先輩は、ぶつくさ言いながらさっさとどこかへ歩いていく。
勘違いしてたことに安堵して、それでいて振り向いたそこに彼がいなくて、どんどん遠ざかってくから待って、って手を伸ばす。
「—————先っ…」
かち、こち、かち、こち。
部屋に響く規則的な時計の音。
ベッドの中。伸ばした手は、天井に向いたまま高く掲げられている。…夢。だったのか、今の。
「起きた?」
どこからともなく届いた声に、ギョッとする。察するにどうやらここは保健室。水槽のメダカに餌をやっていた声の主、天の河はゆったりと振り向いた。
「倒れたんだ、体育の授業中。軽い貧血だって、今放課後。ずっと寝てたんだよ」
「…天の河が、そばにいてくれたの」
「止められなかったし」
苦笑いする彼に、やっとの事で重たい体を起こす。自分でもそこまで思いつめている自覚はなかった。いやあったのか。よくわからない。体育祭の三学合同リレー、それから、先輩も、柚寧ちゃんのこと。ハードな練習による疲労が重なったとか他の要因があったとしても。いざ倒れてからひしひしと感じるこの気怠さが気にならないくらい、
私は他のことで頭がいっぱいだった。
「…それで、ずっとそばにいてくれたんだ」
「うん。チームメイトには言っといたから大丈夫だよ、凛花ちゃんは自分のことだけ考えてくれたら」
「ありがとう天の河」
「全然」
「ありが…」
うわ言のように呟いて、一筋の光が落下する。ずっと今まで側にいてくれた人がいる。だけど今ここにいないひと。嬉しい、ありがとう、そう伝えるべきは目の前の彼なのに。
私は今、違う誰かを期待した。