さよなら虎馬、ハートブレイク
「小津、今から言う私の質問には全て正直に答えてほしい」
「…はい」
「あなたが男性に触れられないのは何故?」
目を閉じ、ごくりと唾を飲み込む。口の中が渇いているせいで喉をつっかえて痛かった。
いつも通りだ。見たくないものを見ないように、外界と意識を遮断する。
真っ暗な部屋の中、目を閉じ耳をふさぎ、五感すべてを塞いで、もう誰にもこじ開けられない殻の中。
心はそれでも、確かに助けを求めてた。
「………触れられると………見透かされる気がしてこわい、から」
「…」
「…汚い自分、に、気づかれるのが嫌だ。きもちわるいのは、私で、全部わたしが、わるいから、それで、」
震える唇から、静かに閉ざした目から、心がずっと求めていた助けが本音になって溢れてくる。
「どうして、そう思うの?」
一緒に自転車に乗った。
むきになって喧嘩した。
手を繋いで歩いた。
思い出の中のあのひとが、光のなか。
振り向いて、笑ってみせる。
「8つ上の従兄弟に…強姦されました」
刹那、空間が張りつめたように息を止める。
「…ご両親はそのこと知ってる?」
「…いいえ、話して、ません。両親はよくある反抗期だと思ってるんだと思います。でもその日を境に仲の良かった父ともまともに顔を合わせて喋れなくて、」
一度こぼすと、堰を切ったように溢れ出す。今まで押しとどめて来た自分が、叫びたがっていた心が、決壊して存在を証明している。
「本当は話したい、ちゃんと話して、ひどいこと言ったりしたのも、謝りたい」
三年間。誰かに気づいて欲しくて、でも知られるのが怖くて、誰にも打ち明けられなかった。口に出したら綻んだ箇所から濁流のように溢れ出て、
「苦しいよ…っ」
私は初めてその時、子どもみたいに声をあげて泣いた。顔を覆って、誰かに伝えたくて、でも誰にも縋れなかった心ごと。
鬼頭先生は私のことを強く抱きしめて、私が落ち着くまでずっと、優しく背中を撫で続けてくれた。