さよなら虎馬、ハートブレイク
「これ、早く治療してもらった方がいいよ。絆創膏は持ってるけど砂とかついてるし…あ、それより消毒液か」
「え!? い、いいです大丈夫ですほっときゃ治るんで舐めるんで」
「舐めちゃだめでしょ汚いよ」
私も午後の出番まで時間あるし、ここにいたら(主に先輩に向けた)歓声がうるさいしどうしよっかな、と思ってたから丁度いい。
「救護所行って水と消毒液もらってくるね」
「えっ、あのっ…!」
クラスメイトの呼び止める声にも構わず、ぱたぱたと一目散に校舎脇を走る。ここ最近、いや1日2日ぐらいだけど貧血やら何やらで走ってなかったからリハビリだ。…いやでもあの子遠慮してたし自分が離れたいからって俄然すぎるしお節介だったんじゃ、と後から思い浮かんであわあわと青ざめる。
「っ!?」
で、そんな考え事をしながら走っていたのがいけなかった。曲がり角から突然出てきた人影にぶつかって、相手が持っていたスコア表らしきものがバサバサと地面に落ちる。
「ご、ごめんなさ」
「いやこちらこ、」
そ。
資料を拾い上げようと、振り向いて目を見開く。私と同様、そこにいた、天の河もまた、私を見上げて固まった。透けない黒髪に、青団のハチマキを身につけて、大きな瞳には真っ直ぐな光を灯していた。
彼が動き出す前に、私は即座に踵を返す。
「凛花ちゃん待って」
「ごめん!」
「っ、」
「ごめん」
自分でぶつかっといて、何も拾い上げずに去るなんて有り得ない。でも今の私には、まだ、無理だ。
また一つ増えた言い訳の上で、私は無理やり自分を正当化して。相手の声にも聞く耳を持たず、その場から逃げ出した。
☁︎
無事救護所で水と消毒液を貰って、怪我したクラスメイトには絆創膏を渡しておいた。黒猫がプリントされたお気に入りの絆創膏。
そうこうしている間に昼食を挟み、柚寧ちゃんたちバド部のチア競技も大盛り上がりを見せて、体育祭は後半戦に突入した。各競技を終え緊張がほぐれたのか、はたまた疲労によるものか。早くも中休みモードに入りかけている生徒たちも多い中、それでも彼らがどこか落ち着かない様子なのはメイン競技への期待、ただこれに尽きると思う。