さよなら虎馬、ハートブレイク
「おい、」
「小津は男子からバトンを受け取れない」
自分のことだ、嫌でもわかる。このチームのネックが、言うまでもなく私だってこと。
名前を出されても身動ぎ1つ取れない私に、代役選手が走ってきた。ミサキ先輩の代理に立つ選手は同じく女子だけど、彼女のタイムを考えると走者の順序を変えることは必須条件だ、と辰巳先輩は続ける。
そしてズカズカと踏み込んできて、私の眼前で告げた。
「お前、ミサキの穴埋めるために第5走。走れんのかよ」
「…」
「勝つためにお前は、」
「走れます」
俯いたまま叫んだ私に、総員が息を呑む。ぎゅっと強く握った拳には汗が滲んで、爪は手のひらに食い込んで痛かった。
言い出した手前引き下がらない辰巳先輩と、困った顔をする総員。気まずいムードを払拭するように届くのは、
「俺は負けてもいいと思うけど」
主戦力の余りにも突拍子のない言葉だった。明らかに場違いな一言に、その場にいた全員がきょとんとする。
「…は?」
「勝ち負けにこだわったって肩凝るし、そこに固執してここにいるみんなが楽しめなくなるんなら、それは何かが間違ってるんだと思う。
楽しかったんだよ俺。いや違うな、楽しいんだよ、現在進行形で。放課後やった練習も、上手くいかない“今”も全部。最後だからさ、3年にとっては。悔いないようにやり遂げたい。
それだけじゃ理由不足かな」
「…、」
「誰がどうとかじゃない。結果がどうあれ、一人一人が全力を尽くしたら価値は後からでも見出せる」
だからそんな葬式みたいな顔すんな。
今にも泣き出しそうなチームメイト一人一人の顔を見て、先輩は、藤堂先輩は。とびっきりの笑顔を見せる。その飛び抜けてアホみたいな笑顔に、全員が顔を合わせ、そして数秒後、こくりと小さく頷き、配置に付く。
流れを決めるのはいつもこの人だ。どくりどくりと鳴る心臓、急遽交代した私の走者順序は———第5走者に、この瞬間、決まった。
つまり、私がバトンパスするのは女子じゃなく。
「怖いか?」
俯いて胸を抑える私に、チームメイトを送り出し、隣についた先輩が告げる。遠くを眺めて問いかけるその表情は、私の背丈からじゃよく見えない。