さよなら虎馬、ハートブレイク
 


〝本当は怖いんだろ、俺のこと〟



 図書室で、あの日この声が切なげにそう言った。その声が、その笑顔が、浮かんでは消えていく。


「…怖くない」

「…強がんなって、大丈夫。もし仮にバトン落としてちゃっても俺が拾って」

「怖くない!」

「!」




「………先輩だから」


 震える瞳で見上げたら、驚いた様子で見つめ返された。胸から離した、この手で、この体で。私は強くなるって決めたんだ。
 やる、って目で訴える私の気迫が伝わったのか、先輩は一瞬目を伏せたけど、すぐにいつもの勝気な笑みに切り替えた。


「…んじゃま、いっちょブチかましに行きますか」













《最終種目は、三学年合同リレーです。
     選手の皆さんは位置について下さい》


「赤団絶対勝利———!!」


 三学合同リレーは、体育祭の最終種目にして、生徒たちが最も盛り上がる競技。

 競技開始のアナウンスの合図、客席から湧き上がる歓声にばくばくと心臓が鳴り、第5走者待機場所で震える手を握りしめる。手汗もすごい。怖いんじゃない。緊張、してるんだ。

 ふいにパァン、という発砲音とともに位置についた第1走者が走り出す。


 駆け出しは良好。トラックの半分をすぐ駆け抜けて、練習で私にバトンを渡し続けていた2年生の女子は、1年の男子にバトンを繋いだ。甲高い歓声が響く中、第2走者は緑団、更に青団に追い抜かれる。あっと声を上げる間に、第3走者の辰巳先輩に代わった。

 でかい口を叩くだけあって、途轍(とてつ)もなく速い。緑を抜き去り、更に青とタッチの差になったあたりで、代理の3年女子・第4走者へと繋がれる。

 —————そろそろだ。立ち上がり、位置につく。周りを飛び交う声援の中、それから自分自身の鼓動が、痛いくらいにうるさい。グラウンド駆ける姿がどんどんこっちに向かってきて、集中する。


「小津さんっ!」


 青団に抜かれた3年の先輩からバトンをしかと受け取り、走った。今は2番手、前を走る青団の男子が、———速い。食らいつく。もっと、もっともっと早く、と足を回しながら、その瞬間声援が全部消えて、自分の呼吸だけが聞こえて、輪郭のない白い世界でなんだか変に泣きたくなった。


 ———…あの日から。死んでいるみたいに生きてきた。全部に投げやりになって、自分の殻に閉じ籠って、差し伸べてくれる手は振り払って、もう失わないよう、壊れないよう、期待しないよう、何も得ないように、ずっとひとりで、走ってきた。

 本当は誰かに見つけて欲しかった。本当はあなたと向き合いたい。

 諦めたくない。負けたくない。終わってない。


 私は、今から変わるんだ。



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