さよなら虎馬、ハートブレイク
「オズちゃん!」
割れるような声援の中、その声に食いしばった歯が、踏み出した足が、滲んだ涙が光に散ってやっと青団の選手を抜き去る。差し出された手が、迎えてくれた先輩が、優しく笑って、そして。
—————————バトンを、強く握った。
(あ、いま)
手が、かすった。
「任せろ」
じゃり、という土を踏みしめる音を最後に、目の前にいた先輩の背中は瞬く間に遠くなり、風を切り、空を裂いて、グラウンドを駆け抜けた。アンカー走者ぶっちぎりでゴールしたのは、やっぱり、先輩だった。
赤団が勝ったとわかった途端、彼はゴール地点でバカみたいに吠えて、駆けつけたミサキ先輩をお姫様抱っこして、辰巳先輩にローキックをくらってた。
私は、飛んで来た赤団のクラスメイトに揉みくちゃにされながら、少しだけかすめた先輩の手の感覚を失わないように、そっと左手で包み込んでいた。
結果、翔青高校第65回体育祭は、総合得点の結果青団の勝利が決まった。先輩曰く「1年、2年と青団だったから3年でまさかの赤団で勝てる気はしてなかった」と笑っていたけれど、個人総合の部で他の追随を許さず全種目1位の称号を獲得し、「試合に負けて勝負に勝ったからいい」とか言ってたから、結局何でもいいんじゃないかと思った。
負けても勝っても、誰かがそこで笑っていれば構わないようなひとだ。私も個人総合、三学合同リレーの賞状を貰えたし、結果オーライ。
そうして、高校生活初の体育祭は慌ただしい中幕を閉じた。
☁︎
「あー、そこの1年生!」
体育祭の後片付けも、終盤。今日は外で終礼を済ませてそのまま帰宅措置を取られるため、自分の仕事は終えそろそろ帰ろうか、なんて思っていた時だった。私を呼び止めた3年の先輩は、丸めた賞状を持ちながら首をかしげている。
「ね、藤堂見なかった?」
「? 見てません」
「えー、賞状渡しそびれてたのに」
あいつあり過ぎて毎回わかんなくなるんだよね、と頭を抱える体育委員らしいその人はそうこうしてる間にも後ろから呼びかけられ、他の仕事もあって忙しそうだ。
「あの、私届けときましょうか」
「え!? ほんと? ラッキー! …なんつって、実はしょっちゅう一緒にいるのでその言葉を待ってましたー。藤堂と付き合ってるの?」
「!? 付き合ってません!」
「えーなんだお似合いだと思ったのに。ともあれありがと! 助かるよ」
「3-B教室、窓際二列目前から4番目ー!」とご丁寧に席まで叫びながら去っていくその背中を見送って、今ので熱を持った顔を手でパタパタと仰ぐ。