さよなら虎馬、ハートブレイク
 

「…柚寧ちゃんは?」

「…」
「ばかなひと。またそうやって言い訳探すんだ」

 私が傷つかないように。


「自分のこと投げ打ってでも私のこと優先するんだ」


 伏せた視線、それを真横でじっと見ている先輩の顔が容易に想像出来る。核心には触れず、それは合言葉のように。隣でベンチが軋んだ瞬間、私はそっと視線を向ける。
 ひた隠しにしたかったんだろう。泣きたいのはこっちなのに、泣きそうな顔で見つめられたらどうしたらいいかわからない。


「…まさか」

「…」
「全部知ってたのか? …騙されてるって、利用されてるって、全部知っててオズちゃんわざと」

「先輩が現れるまで」

「、」

「私の世界は私だけで構成されていました」


 それが今では。

 ぐ、と込み上げてきた何かを堪えるよう、下唇を噛みしめる。逸らさない視線と視線がぶつかる。


「…どう責任取ってくれるんですか」

「…オズちゃん…」

「…」
「嫁に()
「行かない」
「はっっっや」


 頭を抱えて前のめりになる隣は無視。

 そのまま涼しい顔で空を見て、その青さと、夏の香りと、遠くから流れてきた白い雲を目で追いかける。やがて頭を抱えていた先輩も顔を上げ、そのあと私が彼女の嘘をどこまで知っていたとか、先輩が柚寧ちゃんとどんな話をしただとか、そんな話をすることはなかった。

 もうどうでも良かった。すべて終わったこと。すべて、終わってしまったこと。


「いや、それにしても」

「?」
「まーたふたりぼっちになっちったな、てか実質1人か」


 ベンチに腰掛けた先輩は、空を見上げたままぽりぽりと頰を掻く。狐につままれたような一ヶ月と少しの出来事を反芻するように、私たちは抜け殻になって、忘れた頃にポケットに入っていたチューインガムを取り出して、残り2つのそれを見た。


「今回の一件で逃した魚は大きいですけど」
「?」

「得たものもでかいかと」


 ガムの1つを隣に差し出し、先輩は喫驚して「え、手渡し」と続ける。それでも物怖じせず、笑顔で顔を傾ける私からガムを受け取ると、私たちは揃ってそれを口に含んだ。


「ぼっちがふたりでふたりぼっち、いいですね」


「ねぇオズちゃんこれは今度から手繋いでもいいということ」

「触ったら殴ります」

「女心難しー…」



 見上げたそこに広がるのは少し寂しい空だけど。
 確かにそれは、素敵なことなのかもしれない。



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