さよなら虎馬、ハートブレイク
 

「それに、俺はそんなことで傷ついたりへこたれたりしない。
 オズちゃんが隣で、俺のしょうもない冗談に怒って、へそ曲げて。時々、たまに笑ってくれるだけで充分だよ

 今。隣にいてくれるだけで充分だよ」

「…っ」


「だから、俺のために泣いたりすんな」



 自分だけなら我慢できた。それが誰かを巻き込むだけでこんなにも人は脆くなる。

 赤い目で睨みつけて、こくん、と力強く頷くとそれだけで先輩はまたふわ、と笑った。


 私たちは痛みを共有している。ふたりで傷を抱えている。
 唯一無二だ。何一つ変えられることはない。

 何一つ、損なわせることはできない。


 鼻水が垂れてしまいそうで、そのまま鞄の中に手を突っ込む。ティッシュ。あ。ティッシュ無いんだった。

 もう紙でいいや、と手探りで取り出した紙切れ一枚、それをぐしゃぐしゃにしてちーんと鼻をかむ。その様子を見て向かいで苦笑いしていた先輩が突如、ふと真顔に戻る。


「………あのオズちゃんちょっと待て」

「はい゙?」
「それ期末の答案用紙だろ」
「………」

 はたと鼻水まみれのそれを見て、固まること、2秒。光の速さで握り潰した瞬間ガバリと肩に手がかかる。

「うわあああああ触らないでください!!」
「あああああごめん! いやごめんじゃなくてお前それ点数!! 55点に見えたんだけど」
「22です」
「もっとあかん!!!!」

 赤点じゃん!! と大声で叫ばれたり先輩の横っ面を蹴っ飛ばしたりしていると「あ、いたいた」と声がして一人の男子生徒が駆けてきた。


 サラサラ茶髪の爽やか男子、智也(ともや)先輩は私と先輩を交互に見ると(いささ)か理解に苦しむ顔をしたが、すぐ様私に振り向いて爽やかな笑みを向ける。


「小津さん赤点取ったんだって? 追試の連絡したいのにいないって先生探してたよ」

「あああああ言わないでください!!」


 智也先輩にまでバレたのか! 真っ赤になってマジで消えたいほんとに消えたいさっきより消えたいとベンチの上で蹲る私に、足型を頰につけた先輩が智也先輩と呆れている様が眼に浮かぶ。
 赤点なんて生まれてこのかた取ったことないのに、しかも高校生活初の期末で取るなんて。


「…智也、追試はいつだって?」

「終業式終わってから」
「…まだあとちょい余裕あるな。しゃーない俺が一皮脱ぎますかぁ」

 日頃ころころ変わる腕時計、その文字盤を見てぐっと伸びをする先輩に、私は顔を上げ、そして智也先輩と目を合わせる。


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