さよなら虎馬、ハートブレイク
 

「藤堂、それは小津さんの勉強見てあげるってこと?」

「鼻水まみれの答案用紙見るからに結構絶望的だから個別指導塾藤堂真澄・開校致します。お前も来る?」
「あ、おれはパス。今度の休みなら姉夫婦来るし買い物行くとかだから姪の面倒見ないと」

 両手を挙げてさらりと告げる智也先輩を青ざめた顔で見上げ、え、え、え、と声を漏らす。待ってなんか話が勝手に進んでるけどこれ、もしかしなくてももしかして。


「二人っきりで勉強会。捗りそうだね頑張って」


 それって、学校の外で、二人きりで会うってこと。はじめて事態が腑に落ちた途端、私の顔から血の気が引いた。






 ☁︎


〝明日、駅前、定刻に。〟


 どこぞの怪盗のメッセージとも取れるような単語を並べただけの台詞を決め込んで、金曜日、私と先輩は別れた。
 その際、「遅刻1分ごとにオズちゃんからボディタッチしてもらうので盛大に遅刻してもいいよ♡」とかほざいていたので私は光の速さで支度を強いられるハメになる。


——————で、準備は出来たけど。


「あら、休みの日に早いのね」
「ちょっとね」
「デート?」
「!!」

 リビングで寛いでいた母の一言に、含んだ麦茶を盛大に噴き出した。そこで昨日の先輩が思い出されてムカついて、気管に入って涙目でむせ返る。

「ちょっと何やってんの大丈夫!?」
「っけほこほな、なん、なんっで」
「いやだって何か気合い入ってるし」
「入ってないし!」
「髪なんて編みこんじゃって」

「こっ! これは」

 勉強するのに前のめりになったときに横髪が落ちてきたら邪魔だから、ちょっと変えて見ただけだ。でもそれもやったことないから、クラスの女子見よう見まねで実践した末今一度確認すると変なことになっていて、慌てていつも通りに戻す。
 服装は変じゃないかな、と一人あたふたしていると、向かいで私を上から下まで見た母が顎に手を添え、そして、

 ニタリとほくそ笑んだ。

「凛花、あんたさては好きな人出来たでしょ」
「———すっ、」

 き?

 母の言葉に目を見開き、硬直する。続けざまに突如ぽんと浮かぶのは藤堂先輩のアホ面で、首辺りから何故かじわじわと熱がこみ上げてくるのがわかって即座に玄関へとひた走る。

「あっ逃げた! イケメン!? イケメンなの」
「いってきます!!」



(…何だったの、さっきの)

 弁解にも何にもなってない捨て台詞を吐いたのは我ながらどうかと思う。だって全然そうじゃない。単に先輩と外で会うのが初めてってだけで、制服じゃないから緊張するってそれだけで。

 7月下旬、空からジリジリと照りつける太陽に耐えられなくて下を向く。土曜日の駅前は同じように待ち合わせをする若者たちで賑わっていて、定刻の10分前に来てみたものの先輩はまだらしい。


「………」

 あ、だめだなんで。お母さんが変なこと言ったから無駄に心臓がばくばくする。人混みを避けた建物の壁に背を預け、膝に手を添え黙々と考える。

< 169 / 385 >

この作品をシェア

pagetop