さよなら虎馬、ハートブレイク
—————————好きな人出来たでしょ
いや。ない。だって変態で馬鹿で女たらしだよ。ない。ない! ないないないない絶対
「だ———れだっ」
「!?」
突如遮られた視界、そこに広がるのはうん、近過ぎてわからない。それでいて届いた声の主には容易に想像がついて、渋々「せんぱい、」と呟いて振り向くと、そこに。
———団扇片手に白い歯を見せる藤堂先輩が立っていた。
「んー、そう来ましたか。私服めっちゃ可愛いね」
「っ、」
私を正面から見るなり手で枠を作って顔を傾けるこの男。私はシンプル且つ張り切り過ぎないようにと、せめて普通を装って丸襟にさりげなく刺繍の入ったお気に入りのブラウスに黒のオールインワンを着てきた。
対して先輩は、一度袖を折り返した半袖Tシャツにゆったりとしたジーンズとスニーカー。至ってシンプルな服装だけど、顔が整っているから何を着ても絵になるみたい。イケメンだったら何でもありかくそ、滅びろ。襟にかけた眼鏡がチャラいとか、Tシャツにプリントされた無駄に爽やかなロゴプリントとか、それらに色々ツッコもうとした瞬間
「早く行こ」
「えうっ?!」
さらりと鞄の持ち手を掴まれた。さすがに外でマジックハンドを装備していたら目を引くからか、今日の彼にはそれがない。だからこそ足早に歩き出す先輩にあれよあれよと言う間に連行される。
「んな、何をそんな急いで」
「いやさ、俺早く来たのね、1時間。そしたら逆ナンに遭いまして」
「えっ」
「その数およそ42」
我ながらイケメンスキルを疑うわ、とか冗談めかしているがこっちとしてはドン引きである。確かにせかせかと行き急ぐ合間にその場にいた女性数人が先輩の周りでたむろしていて、え、うそ、ほんとなの。
それに1時間待ち合わせに早く来たって何それ、って理解が追いつかずぽこぽこ疑問符を浮かべていると、視線がぶつかった途端先輩がにこりと微笑んだ。
「…今日が楽しみだった、っつったら不謹慎?」
不謹慎だし、だめだ。だからだめ、って言ったらなにそれかわい、って言われた。なんでもありなんじゃないか、もう。
「すあーて、お勉強お勉強」
待ち合わせした駅前には学生が入りやすいファーストフード店などが立ち並んでいる。
だからこそてっきりその辺のどこかに適当に入るのかと思ったら、連れて行かれたのは落ち着いた雰囲気のカフェだった。それも店内はカウンター席、テーブル席に加えてソファなども配置されていて、その大人びた内装に前にTVで見た若者数人がルームシェアをする番組を思い出した。
こう言うお店、外から指を咥えて見ることはあってもいざ中に入るのは初めてだ。ソファ席に誘導してくれた店員さんも、小洒落ていて緊張する。