さよなら虎馬、ハートブレイク
「て、てっきり駅前あたりで適当な店に入るのかと」
「うん、それでも良かったんだけど多分馴染みが多いだろ? んでわいきゃい騒がれてもうっさいし。僕オフの日に営業したくない派なんで〜オズちゃん何飲む」
「緑茶で」
「アイスティね」
緑茶はないんだ。チィ、と唇を噛む私に構わず先輩はアイスティとアイスコーヒー、と店員さんに笑顔で注文する。
そこではたと、もしかすると先輩はここ最近私が学校でいざこざがあったことも知ってるから、だから人目を避けるためにこんなところまで来たのかとそんな雑念が脳裏をよぎった。
考えてくれてるんだな、ちゃんと。先輩、なりに。いや、てかこの人絶対他人のことめちゃくちゃ普段から考えてるもんな。たらしだもん。天性の人誑し、ちょっと悶々としながら手提げ鞄から教科書、筆箱、一式を取り出し極め付けにすちゃりと眼鏡をかける。
「「あ」」
顔を上げると、そこにいたのは同じく眼鏡を装着した藤堂先輩の姿。
「え、オズちゃん目、悪いの?」
「いや両目A.Aです」
「俺も。じゃあなんで」
「「眼鏡かけると勉強出来る気がするから」」
図らずもハモってしまい、しかも形から入るタイプの同じ考えだとか泣けてくる。それでいて破顔した先輩が心底おかしそうにお腹を抱えて笑うから、結局毒付くことなんか出来ずに。私もそれにつられて笑ってしまった。
どこがわからない、まず何がわからないかがわからない。
そんな次元にいる私だったけれど、さすがに学校成績首位の手にかかれば這い上がることも、出来るみたいだ。
先輩の教え方は正直、学校の先生より上手かった。めちゃくちゃ難しい、って勝手に苦手意識を抱えていた問題ひとつひとつもすぐに理解が追いついて、わかると楽しくなってもっと先を知りたくなる。
その一方で、気がかりもあるわけで。
私に教えるため前のめりになり、教科書をペンで記しながら話す先輩の、その長いまつ毛をぼんやりと見ていると。ぱち、と視線がぶつかった。
「どうした?」
「ぇ。あっ、べ、別に」
「そ? あとこことこことここ。間違ってっかんね」
「え、うそ。って言うか教えてくれてもいいじゃないですか」
「やだよだってそれ俺さっきも説明したところじゃん、問3に関してはたった今解けたところだぞ?
一度理解したとこは落とさないようにしないと」
「だ、だって…」
ソファに身を預け、首を傾げたままペン回しをする先輩、その手元に視線を逸らしてぎゅ、と片手に力を込める。
いや、わかる。先輩の教え方上手いし、理解して、解けて、わかる、わかってるんだけど。