さよなら虎馬、ハートブレイク
「うわっ…人がゴミのようだ」
慣れない下駄によるおぼつかない足取りでようやく会場に辿り着いた時には、既に空が薄暗くなっていた。さっきまでとは桁違いの人混みに、高台から覗いただけで気圧されてどっかの独裁者みたいな台詞が出る。
「まさしく恐怖症克服トレーニングだな」
「………先輩、まさかそのために今日誘ったとかじゃないですよね」
「んー。半々」
「!?」
ギョッとする私に、隣の先輩はてへぺろポーズで可愛こぶる。うわウザい。浴衣じゃなかったらローキックかまして階段の下まで落としてた。
「確かにそれもなかったと言ったら嘘になるけど、もう半分は浴衣女子見放題という全俺の目の保養」
「最っ…低」
「照れ隠しだっつーの。心配せずともオズちゃんの浴衣が1番だよ」
「ああそうですかそりゃどうも」
あー、さっきまでドキドキしてた自分がバカみたい。突如として半目になって冷める熱、てかこれが平常運転だったと我に返ったところでなす術なし。そのくせ無性に苛ついて一歩踏み出そうとしたら、のっけから誰かにぶつかった。
「バカ、ちゃんと前見ろよ」
「〜、どこの誰のせいだと思って」
「ふむ。まあこんなこともあろうかと用意周到藤堂真澄はこの品を持ってきたわけですよ」
「は?」
「たらりらったら〜。〝迷子よけ手綱〟〜」
屋台通りへと下る高台のど真ん中、例のあのキャラクターを真似て嗄れ声を出す先輩にすごく、それはすごく冷たい目を向ける。なのにそんな私に構わずノリノリで手で煽る先輩を見るからに、…ああ、聞いてくれって言ってんのね。
「………何すかそれ」
「説明しよう! 〝迷子よけ手綱〟とは、文字通り迷子よけのために俺藤堂真澄が装着することでオズちゃんと愛の轍を踏み外さないための王道ルーt」
「あ、わたあめだ」
「待て待て待て」
浴衣の裾を引っ張られぴっ、と私はそれを避ける。両手を挙げて何もしないことを証明した先輩は、浴衣の腰のあたりにそれを一巡巻き、その手綱を私に手渡した。
「手は繋げないけど、これなら迷子にもならない。前までは橋渡しすら無理だったから難しかったんだぜそれも。でも今は違う。
人混みに入る間、オズちゃんはそれ持ってな」
渡された手綱を眺めて、口を曲げる私。それに対してやったった感満載の先輩は、まるで繋がれた犬みたいになってるのに嬉しそうにしている。絶対犬だったら尻尾振ってると思う。
「…最悪その辺の柵に繋いどきますね」
「飼い主待ってる切ない犬はさせんな」