さよなら虎馬、ハートブレイク
『ぼく、ひょっとこ仮面だよ。
笑ってる子がだーいすき。泣いてたら悲しくなっちゃうな』
待って。何その謎設定。
口を抑えてボロが出ないよう震える私に、しかしひょっとこ仮面の効果は絶大で。少年は少しだけ泣き止むと、ぐすぐす言いながら先輩、もといひょっとこ仮面の鼻を掴んだ。
「………ママが、いないの」
『そうなんだ。じゃーひょっとこ仮面の得意技、灯台下暗しを使っちゃうぞ』
「もっとマシな技の名前ないのかよ」
『そーれっ』
堪らずツッコむ私をさて置いて、先輩は男の子を肩車すると一気に高く、舞い上がる。ただでさえ背の高い先輩だ。その得意技〝灯台下暗し〟によって肩車をされた男の子は人混みの中誰よりも高く抜きん出て、その景色にふわあ、と可愛らしい声を上げる。
「あ! よっくん!」
「ママー!」
そして、おそらく同じように彼を探して焦っていた母親が遠くからぱたぱたと駆けてきて、ひょっとこ仮面は正体を明かさぬままそのお母さんに少年を返してあげた。
『男の子は泣いちゃだめだぞ。お母さん守ってやんな』
「うん! バイバーイ! ひよっこ仮面」
『ひょっとこ仮面な』
それただの新参者。帯に差していた風車を少年に手渡して、ぷっと噴き出すお母さんにも手を振って見送って。その姿が見えなくなると、先輩はお面を斜めにずらしてドヤ顔で振り向いた。
「お疲れ様です変態仮面」
「ひょっとこだから! だめなやつだからそれ」
「先輩、子ども好きなんですね」
私は何もできなかった、とりんご飴に齧り付きながら言えば先輩はあぁ、と軽く声を上げる。
「好き…というか得意かもな。兄妹いるし」
「え、初耳」
「いるよ実家に。すんげーちっこいの」
「実家? 一緒に住んでないんですか」
「うん今は一人暮らしだから。俺、実家神奈川」
仮面に手を添えて遠くを眺めて言う先輩に、へえ、と思わず感嘆の声が漏れる。そんなの聞いたの初めてだ。でも確かに長男、と言われてみればそんな感じはしたけども。都会に憧れて上京したクチかな、と自分の中で腑に落ちたところでオズちゃんは? と声をかけられる。
「私は一人っ子だし…子どもは、どっちかっていうと苦手です。さっきみたいなの…どうしたらいいかわかんないし」
「笑えばいいんだよ。子どもは単純だ」
「でも本質を見抜いてる」
ひょっとこをひよっこ呼ばわりした彼を連想し、私はお面を指差す。口の端を引き上げて見せると、先輩は目を丸くした。
「子どもこそ、案外見てるもんですよ」
「………確かにそれもそうかもね」
「ね、そろそろ始まるってー!」
屋台で立ち止まっていた私たちの話にオチがついたところだった。
私たちの両脇を抜けるように流れ出す人、人、人。花火が、始まるんだ。どこでやるんだろう。せっかくならこの波に乗ってしまったほうが、と先輩の顔を見上げた、
つもりが。