さよなら虎馬、ハートブレイク
このあたたかい気持ちはなんだろう。うれしい。やさしい。切なくなって苦しいのに。全然苦じゃないなんて。灰色だった景色も今なら取り戻せる。
私だって、前を向いて生きられる。
次から次へとあふれ出した涙は、指先で拭っても拭ってもこぼれてくる。それでもしきりに花火だと嘯く私すら。
先輩にはきっとお見通しだったんだ。だから、先輩は。
ひょっとこのお面を私にかけて、
そのお面の額にそっと優しく口付けた。
「今はまだここまでな」
ふ、と糸が切れたみたく笑うその瞳が、頰を撫でる風が甘くて、優しくて。目を開いた私は真っ赤になって花火を見る。
「………顔真っ赤」
「あ、赤い花火だからでせ」
「噛んでる噛んでる」
くすくすと隣で笑われるだけで胸が鳴る。
二人並んで見上げた花火。触れられない私たちはその日、手綱なんていう、他にどこにもない形でも。
確かに繋がっていたと、手を繋いでいたと、そう思う。
☁︎
花火を見終えて祭りが終わると、人がごった返す前にと少し早めに私たちは切り上げて、先輩には家の近くまで送ってもらった。
今までにも学校帰りに送ってもらったことは何度かあるけど、家まで来たことは一度もない。それが先輩なりの気遣いなのかどうなのかはわからないけど、帰り際振り向いた先輩に私が遠慮がちに手を振ったらぎゅってしていい? と聞いてきたから、とりあえず吠えておいた。
「………」
家の門扉に手をかけて、赤い頬に手を添える。この暑さの理由は、きっと夏だから、そんなものだけじゃない。
この気持ちはなんだろう。私はどうしちゃったんだろう。ばくばくと跳ねる鼓動は痛い割に、ちっとも辛くなんかなくて。楽しい。嬉しい。
この気持ちが。ひょっとすると、もしかすると、
「た、ただいま」
茹だる頰はなんとか手をひらつかせて落ち着けた。さもいつも通り、平静を装って玄関の戸を開く。でも、無音だった。…あれ。お母さんのことだから、どうだった!? って一目散に飛んでくると思ったのに。
「、」
そこで不意に、玄関に知らない靴があることに気付く。見慣れないスニーカーだ。男物の。今日、お父さん帰ってきてるんだっけ。
「………お母さ———…」
そろり、手にかけたドアノブを引いてリビングの戸を開く。廊下の暗がりに細く、それから眩しく照らされた光。その中にいたそのひとに、私は、
私は。目を瞠る。
「よお」
毛先の傷んだ髪で隠れた鋭い眼差しに、
薄い唇に咥えた煙草からは悠々と紫煙を燻らせて
そのひとは
ぐにゃり、弧を描いて笑った。
「遅かったな、凛」
「——————…エイにぃ」