さよなら虎馬、ハートブレイク
《もしもしどうしたマイハニー》
「切ります」
《待て待て待て》
かけてきてそれはないだろう! とすかさず大声でツッコむその人は、紛れもない。藤堂先輩である。何を血迷ってこの人に電話をかけたのか、自分でもよくわからない。理由がなければ悟られる。バカなくせにあざといから。思い立てば頭をフル稼働させて、聞かれる前に言ってやった。
「昨日先輩に教えてもらった連絡先、本物か検証したくて」
《逆に俺のじゃなかったら誰のなの》
「………女の人とか?」
《くっ、あながちあり得なくもない》
そこは否定しろよ。リアクションの大きい彼のことだ。受話器の向こうで顔を覆っているビジョンが容易に想像出来て、声には出さずに笑ってみせる。
油断した。少し無言になった。そのせいでこの男が、言い訳を並べたところで通用しないどころか、すぐ人の本音を見抜いてしまうことを思い知らされてしまった。
《で、どうした?》
「だから確認で…」
《今更俺につくなよ。すぐわかるような嘘》
女々しくなんてなってやるか。誰かにもたれかかるなんて毛頭。そう、いつかに誓った私自身は今、ここに少しも見えない。
「先輩…今から会えませんか?」
昔の自分が聞いたら、きっと鼻で笑って呆れるくらい、今の私は軟弱だ。
連れがいるけど構わない? という言葉に二つ返事で応えたけれど、それが女の人か男の人かくらい聞いておけばよかった。
まぁ、中途半端に抱えた知らないひとだったらどうしよう、と言う一抹の不安は結局取越し苦労になるのだけれど。
ベンチに座ってぼうっとしていると、突然影で覆われる。顔を上げると、私を見下ろして笑う先輩と目が合った。
「そんなに俺が恋しかったんか」
瞬き、無表情のまま返す。
「そうです寂しかったんです」
「智也今の録音した?」
「するわけないだろAED持ってこい」
わたしはAEDを! とか言いながら走り去ろうとする先輩の首根っこを片手で掴む、真夏なのに態度はいつもクールなさらさら茶髪の高校生。
智也先輩は抵抗する先輩の首を突然ぱっ、と離して、彼が油断して転倒しようものなら鼻で笑ってみせた。