さよなら虎馬、ハートブレイク
次どこ行きます、なんて藤堂先輩の受験生らしからぬ言葉に対し、「じゃ、各自帰って勉強で」という受験生らしい智也先輩のお言葉は成功する人と失敗する人そのものを見せ付けられたような気分だった。
私はさておき、智也先輩は私に構ってくれる前にも藤堂先輩と出かけていたのだ。本来あるべき受験生の姿として家で勉強したいと言うのは無理もないし。それでも私が無理やり付き合わせてしまったことを謝ると、彼は何てことはない、と笑顔で手を振って、その日の三人での遊びはお開きになった。
「智也先輩って、何になりたいんですかね」
真夏の、陽が一番照りつける時間を少し過ぎた午後。カラオケにいると時間感覚がわからなくなるけれど、太陽はちゃんと仕事をしている。
何気なく問い掛けた質問に、隣でクマゼミの大合唱を煙たがっていた先輩が首を傾げた。
「さあ、お医者さんとかじゃない? てかオズちゃんそれよく聞くな」
「気になるし。先輩方の進路。そんな話しないんですか」
「しないねえ」
「どうして?」
「さてどうしてでしょう」
「適当。いくら万年学年首位ってったって、兎と亀の前例があります。高、括ってたらいつか足元すくわれて転ばされますよ」
「かもな。けど今俺が手を離したら。オズちゃんひとりになっちゃうだろ」
交差点に差し掛かる。赤信号で立ち止まりその言葉に隣を見上げると、先輩は真っ直ぐ遠くを見たままだった。そうだった。振り回してるのは私だ。
ぎゅうと自分の服の裾を掴む。言葉が見つからずに金魚みたいに口をぱくぱくしていると、「それに、」と声が続いた。
「未来とか将来とか。ちょっとよくわかんねーよ」
そこで、誰かが叫ぶ声がした。
何を叫んだのかはよく聞こえなかったし、勘違いだったのかもしれない。私だけが不意に振り向いて、交差点の傍らにある、コンビニの前でたむろしていた数人の大人に目をやる。不意だった。その中の一人と視線がかち合って、「あっ」と声をあげた。
大人4人組の3人が振り向き、最後に、此方に背を向けていた焦げ茶髪の痩せ型の男性が、ゆっくりと振り向く。
遠巻きからでもわかる。鋭い視線に捕えられて、心臓を鷲掴みにされた気分になった。