さよなら虎馬、ハートブレイク
「———っも———無理無理無理無理ゲロ吐くわ———」
エイにぃのバンドが奏でる音楽は文化祭のプログラムを大いに狂わせる大盛況っぷりで、アンコールの声が響く中、先生達に強制退場的処置を取られて体育館から追い出された。
その間ブーイングで湧く館内から出て来た汗まみれのエイにぃは、待ち構えていた私からタオルとスポーツドリンクを受け取ると、エイにぃを呼ぶ教員の声から逃げるようにこっち、と私の手を引く。
体力もやしで、息も絶え絶えのくせして駆け上がった屋上で、彼は自分もろとも私を押し倒した。
「ぎゃー! やめろエイにぃびしょびしょ汗くさい!」
「うるせえボーカルを敬え予定外の曲どんだけお披露目してやったと思ってんだ加害者なら全校生徒だろ反省文なんざ書かねーぞ」
ライヴのテンション冷めやらないのか、早口でまくしたてるエイにぃはぜえぜえと肩で息をして。仕舞いに私の太ももに頭を置くと、タオルを目にかけたまま脱力する。
「おい! 寝んなよエイにぃ重い!」
「5分だけ」
こんな時ばっか甘えたような声を出すエイにぃのズルさったらない。惚れた弱みだ。突っぱねられないのも、じゃあ私のせいか?
汗で濡れたエイにぃの髪が陽の光を受けてきらきらと反射して、触るとじっとりとしてるのに、上の方はふわふわしていてやわらかい。
やがて荒かった呼吸が落ち着いて、寝返りを打ったエイにぃの左耳が露わになる。傷があった。私のせいで刻まれた傷は稲妻のような形で存在していて、髪を梳くようについでに触れると、閉じていたまつ毛がぴくりと反応を示した。
そして届く、ぶっきらぼうで不機嫌そうな声。
「…あんだよ」
「傷、あるね」
「どっかの誰かさんのおかげでな」
「ごめんなさい」
そのときになって、はじめてようやく、謝った。あの日、それ以来お互い触れてこないようにして来た暗黙の了解を踏み越えて、正直に伝えたかった言葉は。時を経て重力もないくらい軽くなっていて、油断すれば空に飛んで行ってしまいそうだ。
「痛い?」
「痛くない」
エイにぃの、飴色の瞳と目が合う。
「生きてりゃ傷は癒える」
「…でも、痕が残るよ」
「そしたら勲章にでもすればいい」
壊れ物に触るように触れた私の手を取って、エイにぃはそれきり目を閉じ、寝息を立てる。いよいよ本格的に寝こけてしまったその人を前に、私は呼吸をするように、極自然と呟いた。
「——————エイにぃ、」