さよなら虎馬、ハートブレイク
これに、騙されたみたいに没頭した。
まるで天職みたいで、歌うために生まれてきたんじゃないかって錯覚するほど、命を燃やした。募ったバンド仲間と過ごす日々も、歌も、時間も、それまでの何もない自分を全部掻き消してくれるみたいで。
その時間が、ずっと続くって思ってたんだ。
疑う余地なんて、まるでなかった。
☁︎
「エイにぃ、ばーてんだーじゃん」
「ちげーから」
「シャカシャカじゃん」
「しねえから」
つかなんでこいつがここにいんだよ、と思っても仕方ない日がある。毎週金曜日は従姉妹の凛がうちの家に泊まりにくる日で、家に一人だとなんだから店先に遊びに来るのだ。
もちろん開店と同時に裏に潜るため、そろそろだと思うとそれまでいた場所からとっととそいつをあしらう。それから間もなくして、そいつがきた。
「や、久々に来ちゃった」
俺の私生活が堪能していようと、根本的な問題というか、家計が楽になるとかそういうことは、特にない。
安定して気が向いた時に店に顔を出していた俺がその日ほど店に出たことを後悔したことはない。小太りに派手めなスーツをまとったかつての常連客が暖簾をくぐったとき、思わず顔に出た気がする。
「きゃー。大徳さんひっさびさ! 二年ぶり? とかじゃないっ?」
「なるちゃんの顔が見たくて来ちゃったよー。元気してた? えーっと、あ! 栄一くんも」
「…栄介だわ」
「こっち座ってー」
すげえな。自分の息子の名前間違えられても別に諸共しねえのな。俺人の名前間違えるのとかそういうのだけは本気で無理なんだけど。
生理的な拒絶反応を見せる俺とは違ってそれでも大人な対応を見せる成美に、正直どこかで甘えていた。社会に出たら、自分と相性の悪い人間なんてごろごろいて、たぶん一々一喜一憂してられない。そういうのを、まだすんなり受け入れられなかった。
だから、あんなことになった。