さよなら虎馬、ハートブレイク
先輩の家
夏祭りの時、先輩が神奈川県出身で、東京では一人暮らしをしているということは本人から聞いたけれど、まさかこんな形でそれが立証されることになろうとは。
駅徒歩10分、私たちが通う翔青高校には歩いて20分で辿り着けるという藤堂先輩の家は、実に20階建タワーマンションの一角に位置していた。
ドラマでしか見たことのないようなエントランスに、真新しめの外装はその手の金勘定に疎い私ですら高家賃だってわかる。
私を先に中に入れた先輩が鍵棚に鍵を引っ掛けた途端、チャリッと鳴る音に肩を揺らす。それきり固まっていると、横から顔を覗き込まれた。
「ちょ、中入っていいよ。後ろつかえてるんですけど」
「…ぇと、」
「あ、理解した」
遠慮がちに俯いて固まる私の横をすり抜けて、先輩は真顔で私の向かいに立つ。
—————————そして突如、裏声+腰を捻らせて、
「おかえりなさいませご主人様♡ ごはんにするお風呂にするそれともわ、た、」
「お邪魔します」
「なんか言えば!?」
何だ今のきもちわる。半目でズカズカ廊下を歩くと視界が開け、広いリビングが現れる。2LDKのダイニングには小型テーブルを挟むようにして二つのソファが並び、それらは大人一人寝そべられるようなサイズ感なのに、それでも窮屈さを感じさせないのは事実部屋が広い証拠だろう。
お世辞など無しにしても、男子高校生の一人暮らし、と呼ぶには随分と小綺麗に片付けられていた。というか私の認識上男子高校生≒エイにぃの部屋なので余計そう感じただけかもしれないが。
一つ勉強になった。畳に消しカスやエロ本が散らばる部屋もあれば、フローリングに塵一つない部屋も世界には存在する。
「オズちゃんってほんっとブレないよな〜」
「先輩がブレまくりなんじゃないですか」
「痛いとこ突くねちくしょう」
せっかくのイケメンオプション蔑ろにしやがって、とかぶつくさ言いながら風呂場らしき方面に消える声に我に返ってふと気付く。
(あのひとさっきわざと私の気、逸らしたな)
緊張してビビってんの見透かして。
何気なくされる行動の一つ一つに意味があると知ってしまったその日から、私の体はどうもおかしい。せめて赤くなった耳はバレないようにと両手でカバーしていると、新しいTシャツを着ながら横切る先輩の細い腰が視界に入って、光の速さで顔を手で覆った。
「緊張してんの?」
指の隙間から目だけを覗かせムッとする。通りすがりざま、吐息だけで軽く笑って横目に見てくるこのあざとさは一体何なの。しんどい、心臓しんどい。というかさっきの前言撤回、緊張ほぐすために気遣ったとしたらわざわざ意地悪にこんなこと聞いて来ないでしょ!