さよなら虎馬、ハートブレイク
(…んなこと言ってもシャワーだけだからすぐ上がってくるんだろうに)
フラグを立てられたところで、「物色」出来るほど物のない部屋だ。言うならば無個性。窓際には小さな観葉植物、棚の上にはCDや恐らく趣味である時計のいくつかが置いてあって———そこで不意に、棚の真ん中に置かれた、倒れた写真立てに目がいった。
なんで倒れてるんだろう。特に何も考えずそっと手を伸ばし、起こしてみる。するとそこに、
「家族」があった。
勝気に笑う美人な女性と、その隣で笑うスーツ姿の男の人。その二人に挟まれるようにして、どこかまだあどけなさの残る、ランドセルを背負った少年がいた。
…これって、
「こ———ら。何やってんの」
「えっ、やっ、!?」
出し抜けに届いた声に条件反射で手を離し、横髪にバスタオルを当てながら歩いてくる先輩を見てずさぁあっと距離を取る。
「どぅっ…だ、誰!?」
「誰って、俺」
「髪がおかしい!」
「あぁ、前髪おろしてるから。かっこいい?」
「変!、」
「失礼な!」
うそ。めちゃくちゃかっこいい。てか前髪下ろしてるとこ初めて見た。普段髪あげてるとき何とも思わないのに何だこれ髪一つでこんなに変わるのか。
普段彼なりのオンオフのつもりでか学校では必ず半分(?)上げているそれは今現在無造作ヘアになっていて、絶対こっちのがいいのに何故上げるのかわからない。言うならば上げると肉食系、下ろすと草食系的なメリハリだ。
「が、ががが学校ではおろさないんですか」
「いや下ろしてもいいんだけど前髪目にかかって鬱陶しいし、何より幼く見られる気がしてやなんだよ」
てかなんでそんな噛んでんの? と笑顔で踏み込んで来た先輩にぎゅっと眼をつぶって顔を背けると、ぱたん、と写真立てが倒れた音だけがした。そのまま、タオルを髪に当てがった彼は救急箱を取り出している。寝間着用の薄手のTシャツ、その袖から覗く片腕は火傷のようにただれていて見るからに痛々しい。
言わずもがな、私を庇って出来た傷だ。
「…貸してください」
「え、」
いいの? 控えめに顎を引く彼に返事はせず、意を決して近付いて、隣に座り込む。だっていくら先輩が器用ってたったって片腕じゃ処置もし辛そうだ。首をひねって悪戦苦闘する怪我人を前に見て見ぬふりは出来ない。しかもそれが私のせいならなおのこと。
「痛っ、」
「っごめんなさい」
「…や、大丈夫」
消毒液を噴きかけた瞬間、微かに痛みに反応する身体にびくっと肩を揺らした。震える指先を自分の中で叱咤して、また恐る恐る手を伸ばす。
傷口を覆うようにガーゼ付きの傷テープを貼って、その上から包帯を巻く。失敗しないよう、痛くしないよう。黙々と作業する途中、視線を感じてちらと向かいを見る。
案の定先輩と視線がぶつかって、ぐわっと首が熱くなった。
「…あ、あんまこっち見ないでください」
「え〜なんで?」
「やりにくい…」
「…、今の」