さよなら虎馬、ハートブレイク
可愛かったからもっかい言って。
耳元を掠めた低い声に一瞬意識が飛んでそれで、
————机上のティッシュケース(※プラスチック)でばしこぉん、と先輩の横っ面を殴打する。
「いっっってぇ!! ふつー殴るか!?」
「近いんだもん変態!!」
「へんた…もー照れちゃってかーわいいんだかr」
続けてまた叩きましょうかと赤面したままティッシュ箱を掲げたら嘘ですやめてと手で制された。
取り繕うように手早く作業を終えて、クリップで包帯の端を止める。できました、と伝えたらさんきゅと軽く言われた。
「痕、残んないといいんですけど…早く治るといいな」
「オズちゃんが〝痛いの痛いの飛んでいけ〜♡〟って言ってくれたら早く治ると思うよ」
「痛いの痛いの飛んで逝け」
「なんか殺意こもってない?」
☁︎
「さて、そろそろ寝るとしますか」
お風呂にも入って、お腹も満たされて。掛け時計の短針が11を指した頃、彼は私を見て親指で別室を示す。
そしてなんてことはない顔でまたとんでもない発言を。
「俺のベッド使っていいよ」
「ベッ…!? い、いいいいです!そっソファあるし!! 先輩がベッドで寝てください!」
「女の子ソファに置いて自分だけベッドで寝れねーよ」
出たよタラシ名物女の子扱い、本当慣れてない人間にそれありがた迷惑なことこの人本気でわかってない!
「気にしないですからそんなの!」
「よしわかった、いいこと思いついたぞ」
「?」
「間をとって俺のベッドで一緒に寝」
言い切る前にクッションを相手の顔面に投げつけると、彼はそのまま後ろにぶっ倒れた。
(…いいって言ってるのに)
結局私が寝付く頃合い見て寝室に移動する、と適当な理由で丸め込まれて、テーブルを挟んだ二つのソファ、私が横になるその向かいに先輩は寝そべる形になった。人がいて、しかもそれが更に貴方だと余計神経が冴えてしまうのにそういうとこ鈍いのかはたまたわざとやってるのか。
真っ暗では眠れない、夜は豆電球(薄明かり点けとく派)で奇《く》しくもお互い意見が一致して、部屋は少しのオレンジに満たされる。薄明かりの中タオルケットにくるまって、静寂の中。私はいよいよ声に出して呟いた。
「…眠れない」
「…さっきから寝返りすげえ打ってるなとは思ってた」
「何か、お話ししてください」
「…何だよその甘え方」
え、今なんて言った? 向こう側の声がよく聞こえずに、代わりにタオルケットに包まったまま視線でおねだりをしてみる。幼い頃眠れない夜にお母さんが読む絵本の効力は、私にとって赤子の子守唄と同等だった。ここ最近はそれの代わりに音楽なんかで気を紛らわせていたけれど、それも今ここにないんだから仕方ない。