さよなら虎馬、ハートブレイク
横目でちらと私を見た先輩が困ったように顔を背けて、渋々重たい口を開いた。
「むかーし昔あるところに。それはそれはとんでもねーイケメンがいました」
「すみません冒頭だけで聞く気失せたんですけど」
「まぁ聞けって」
即興の作り話下手くそか。ジト目をくれてツッコむものの、手でいなされて口を噤む。
「少年は三人暮らし。
一介のサラリーマンで少し抜けてる優しい父親は、社内でマドンナなんて囃し立てられていた仕事の出来て人望も厚い絶世の美女を、決死の覚悟で口説き落としたんだそうだ」
「…ロミジュリみたい」
ふ、と吐息だけで笑う声がする。
「母親は破天荒。父親はそのお付き
個性は一風変わってたけどどこにでもある幸せな家族
でもそれも長くは続かない」
母親がある日病気で倒れた。
「元々身体が弱かったんだそうだ、本来子どもも生めないって言われてた
だから少年が健康体って知ったときは泣いて喜んだんだと。
病床に伏してもなお最期まで母親は父親と少年を笑って励まし続けてた。普通逆なんだろうけど、それが彼女の持って生まれた“性”だったんだから仕方ない」
不意に、この話が作り話ではないことに気がつく。脳裏を横切るのは棚に置いてあった、今も倒れたままの写真立て。私は目を見張って、ただ。静かに彼の言葉の続きを待つ。
「…母親が死んだとき、すげえ泣いてさ」
「男の子が?」
「父親が。子どもがそばにいんのにだよ
普通堪えるだろ、あんなけ泣かれたらこっちはどうすりゃいいんだって話で」
「…」
「…二人の生活になってしばらく経っても、ずっと凹みっぱなしでさ
勉強も、運動も。前からそこそこ出来たから
それまではなんとなくやり過ごしてたことも、せめて手がかからないようにって
まぁ追求に追求を重ねて
常に1位、誰かに追いつかれないように必死必死」
でもそれが仇になった。
「逆に母親の入る隙間がないくらい、自分のことでいっぱいになるように手を煩わせてやればよかった
…父親は相変わらずずっと落胆してたから」