さよなら虎馬、ハートブレイク
立ち上がると、ベンチに座る自分の向かいに立ち、そして跪く。藤堂が身を乗り出す前に、凛花の父親は顔を上げて真っ直ぐに此方を見据えた。
「………あの子のこと、好きかな」
それは、今後自分の娘を託す父親のようにも、一人の男としての質問のようにも見えた。淀みない眼差しに魅せられて、藤堂は瞬き、そして、
真剣な瞳で、はっきりと応えた。
「はい」
☁︎
「何、作るの」
「カラフル野菜のテリーヌよ。昨日スープストックは作ったから、凛花はそこに出てる野菜、順番に茹でていって」
先輩がお父さんに連れられて行って、一時間以上が経過していた。家に入り、自室で先輩から誕生日にもらった黒猫さん抱き枕を抱きしめて蹲っていた私を呼んだのは、お母さんだ。
お礼も兼ねて先輩に食べてもらうため私にも手伝って欲しいと、いつもより料理に精を出すお母さんは鼻歌交じりに作業を進めている。
「あの…お母さん」
「ほら手、止めないで。料理は時間が命なんだから。それからあんまりベタベタ野菜にも触らないこと。せっかくもらった野菜に、体温が移って鮮度が落ちちゃうから」
「あ、うん」
なにも、聞かないんだ。
昨日何があって家に帰りたくなかったのか。
夜、先輩とどんな話をしたのかとか。
きっとお母さんのことだから、夏祭りの時みたいに根掘り葉掘り聞かれるんだとばかり思ってた。逆にいつも通りだと調子が狂ってしまって、言われた通り自分の分担を終え、お母さんを見る。
リズム良くまな板の上で跳ねる包丁は私には到底真似出来ないけれど、それはどこか懐かしく、落ち着く音だ。
「そうそう、その調子。…ふふ、なんか懐かしいな」
「懐かしい?」
「ええ。いつだったかなーあれ…まだ凛花がお腹の中にいる頃だから…もうだーいぶ昔。臨月でね、お腹がパンパンで動くの大変なときに、栄介くんが家に来てくれたことがあったのよ」
「…エイにぃが…?」