さよなら虎馬、ハートブレイク
寄せては返す
想いの丈を詰めるビーカーがあったなら、その日、私のそれは許容量を越えて溢れ出した。
硝子玉のような焦げ茶の瞳と、私の眼がかち合う。全ての音が無に溶けて、木々の犇めきと、葉音だけがさざめく中。
藤堂先輩は一度だけ瞬いて
ぱっ、と顔を逸らした。
「…あ、俺一旦教室戻んねーと。オズちゃんの言う通りちょっとでも顔出さなきゃさすがに怒られるもんな」
「えっ、」
「オズちゃんも帰るんなら気をつけて、〝ながらスマホ〟すんなよー」
「し、ないですけど」
「どーだか」
「あ、の! 先輩!」
作業着姿のまま立ち上がって振り向いた先輩は、いつも通り極自然に小首を傾げる。ぽかんと口を開けたまま、私は彼を見上げて小刻みに手を振った。
「……ま、また明日」
「ん」
………あれ?
☁︎
昨日あった出来事を一人で抱えるのもしんどくて、児玉さんに言うのにはまだなんか違う気がするし、悶々とした末に胸の内を打ち明けたら、その人はぶっ、と含んでいた珈琲を噴き出した。
「こっ、告白?」
こくり、頷く。
夏休み前にお世話になったっきり、久しぶりに訪れた保健室に来たら鬼頭先生は「しばらくだな」って相変わらず妖艶に微笑んだ。それから夏休みにあったこと、今のこと、それから昨日まで打ち明けて、この返事。
「………どうしよう、私全然言うつもりじゃなかったのに」
我ながら最低だと思うけど、正直勢い、余ってしまった。でも、気持ちは嘘じゃなかった。で、先輩のことだからうんって二つ返事で頷くか、知ってるーって笑うと思ってたんだ。
でもいざ蓋を開けてみたらあの反応。
「藤堂もびっくりしたんだろ、まさかそのタイミングで言われると思ってなかった、みたいな?」
「…ですか、ね」
「や、でもこれでやっと公認カップル誕生ーってわけか。あいつウザそうだな」
良かったね、と鬼頭先生は笑っていたけど、実際は言ったから気まずくなるとか、気持ちを伝えたからお互いぎこちなくなるとか。そんなことが私たちに起こることはなかった。
というのも、それからというもの、校舎で先輩が私を見つけたらいつも通り犬のようにぶんぶんと手を振るし、購買の自販機で出くわせば他愛ない話をするし。先輩は、構える私に反して、あくまで今まで通りだった。
そんな調子だから自ずと、私にとっての一世一代の告白は、恐らく〝スルー〟されたんだと。自分の中で飲み込むことしか術を無くしてしまったのだ。