さよなら虎馬、ハートブレイク
 

「…星が見たいと思ったの。

 都会じゃそうそう見られない、ビルも、電柱も、なんにも(さえぎ)るもの一つない夜空に浮かぶ満天の。
 提案したとき、みんな喜んでくれた。すごいねって、褒めてくれた。だから絶対成功させてやるって、本気でそう思ってた」

「…」


 柔らかな髪の間から見える大きな瞳から、音もなく光が落ちる。すぐに顔を背けると、彼女はずっと鼻を啜《すす》って強気に笑った。


「…でもたぶん無理。

 進捗(しんちょく)状況が遅れてて…今日中にノルマ達成しないとここの地学教室他のクラスの希望者に渡すって言われてる、だから」


 彼女が言い終えるのを待たないで、ずかずかと踏み込むと柚寧ちゃんが持つピンホール投影機を受け取る。そのまま教室のど真ん中に置かれていた本の前に胡座《あぐら》をかいて、横に置かれていたソーイングセットの針を手に取った。


「り、凛花さん?」

「これ、この本の通りに穴開けたらいいの?」

「ちょ、待って。何考えて…手伝うつもり? 自分たちの仕事は? みんな楽しみにしてるんでしょ、そんなあれもこれも手付けて全部出来るわけ」
「出来るよ。まだ時間はある。今そうやって弱音叩いてる時間(はぶ)いてでもちゃんと手、動かせば」


 大きな瞳の上で揺れる涙が止まり、目に見えてたじろぐ。友達の彼氏取ったとか、私の嘘の噂を流したとか。この際真偽はどうでもいい。見捨てられたからって切り捨ててたまるか。諦めてたまるか。

 そんなことで、誰かの心を突き動かす可能性は、失われたりなんかしない。


「…正直、柚寧ちゃんのことはちょっとよくわかんないよ。何考えてるのか、悪い子なのかもしれないって、未だに疑ったりもする」

「っ、」
「けど、やりたいって思ったんでしょ。出来ないかもってなって、悔しかったんでしょ。私は柚寧ちゃんの涙を信じる。棒になんか振らせない、絶対に。児玉さん」

「! はいっ」

 一拍遅れて駆け寄る児玉さんに、そんな私たちを見て柚寧ちゃんもまた、目元を拭って私たちの元へ歩み寄った。














「いーい? 電気消すよー」
「あ、ちょちょちょっと待ってください」
「児玉さん、はやく」

「「「せーの」」」


 ぱち、と電気を消すと同時に、投影機の中の恒星電球を点灯する。途端真っ暗だった空間に、悪戦苦闘しながら位置付けた星たちが。

 わっと天井、そして教室一面を埋め尽くす。


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