さよなら虎馬、ハートブレイク
 

「うわあ…綺麗…!」
「…すごい」


 星のように、きらきらと目を輝かせる柚寧ちゃんを横目に、私も空を見上げる。その星々に魅せられてふとなぜかそこで、保健室で先輩が呼んだ知らない誰かの名前が脳裏をよぎった。




(…だめだ)

 …私は、人のことになると踏み出せるくせに、自分のことになると臆病になって尻込みばかりしている。

 怯えてちゃだめなんだ。怖くても踏み出さないと、本当のことにだって気付けない。動かなければ進めない。

 前にも、そして後ろにも。


——…そんなの、とっくにわかってたはずなのに。


「凛花さん?」
「ごめん、行くとこ思い出した。児玉さんは柚寧ちゃんと一緒に、先生に報告お願いしていいかな」

「ラジャーです!」


 ぴっと敬礼するその姿に笑って、教室を出る。窓からは6限目の授業終了を前に、体育館で劇の練習を終えた後なのだろうか。中庭で小道具を持った3年生の移動する姿が見えて、私は駆け出した。


 ☁︎


江坂(えさか)、照明器具以上?」
「あとまだ体育館に1台あるから頼む」

 両手に機材一式を抱えてクラスメイトに言うと、向き直る。改めて智也(ともや)が一歩踏み出そうとしたその直後、グッと重点が後ろに持っていかれた。

「もっ、持ちます!」
「小津さん」

 重いよ? 何故1年の彼女がここにいるのだとか、何を考えて荷物を持とうとしてくれてるのかはさておきそうとだけ伝えると、彼女は構わない素ぶりでさあ来い、と構えている。…どうなるかは容易に想像出来るが、踊らされてみるのも悪くない。

 お言葉に甘えて、とそれっきり。容赦なく片手に抱えた荷物を手渡すと、

「ふぎゃっ」
「だから言ったのに」

 (くずお)れる華奢な彼女を見て、くすりと微笑んだ。








 チャイムの音が、遠く、街の方へと木霊して消えていく。

 空き教室に機材を置くなり、「終礼サボっちゃおっか」と切り出したのは意外にも智也先輩の方だ。彼のいう通り、5・6限がレクリエーションの時はそのまま放課後になだれ込むことが多いから。特別、連絡事項でも限り今日の一度くらいサボっても何ら問題はないだろう。

 そして実際、大切な連絡事項があった試しは未だかつてない。


 チャイムが鳴り終わって、静かに目を開く。空き教室の窓辺に背を預けていた私が隣を見ると、ふわり、風を受けて舞い上がるカーテンの隙間に視線を伏せた智也先輩が見えた。


< 268 / 385 >

この作品をシェア

pagetop