さよなら虎馬、ハートブレイク
「ずっと気になってた。どんな子なんだろう、どんな風に笑うのかな、どんな気持ちでひとりでいるんだろう、声をかけたい、でも嫌がられたらどうしようって、ぐるぐる」
「…児玉さんは、たくさんの人に囲まれてるじゃん」
「名ばかりです。誰かの手助けになって、自分が認められた気になってる。本当はそんな良い人間じゃないんです。生徒会も学級委員も、進んで名乗り出たけど時折なんでわたしがって思うこともある。みんな欲しいのはわたしじゃなくて、わたしの手でしかありません。だから〝委員長〟としか、呼んでくれない」
「…」
「でも、凛花さんは違いました」
「え?」
「他の皆さんがわたしのことを委員長、委員長って呼ぶ中、あなたは、…凛花さんだけは」
———————————児玉さん
「わたしのこと。名前で呼んでくれました」
「…」
「それがどれだけ嬉しかったか、わかりますか」
「それにどれだけ私が救われたかわかりますか」
今にも降り出しそうな空みたいな表情で、彼女は微笑んで一歩踏み出すと、私の肩を掴みくるりと回転させ、とんっと背中を押す。
「行ってください」
「え、」
「藤堂先輩のところ!」
「で、でも、児玉さんが」
「わたしは大丈夫です! 言ったでしょう、この手は引く手数多なんです! やることてんこもりです」
びしっと敬礼してフランクフルトに齧り付くその姿に少し離れた距離で笑って、頷く。空いた手を強く結んで、一歩踏み出してから、やっぱり足を止めた。
秋の、高い空に1つの風船が飛んでいく。
「私、前に一度失敗してるから、決定打を打つことに怯えてた。
一度失敗したからだめだなんて、失敗しない人間なんかいないのに」
「?」
「児玉さん」
振り向いて、笑う。たぶんずっと、あなたが見てきてくれた私ごと、私もあなたに伝えたかったことがある。
「ありがとう、私のこと見つけてくれて」
強がっていた心が、もつれてこんがらがっていた糸が、押しとどめていた「本当」が、彼女の瞳から途端、大きな粒となって突如、この世界に溢れ出す。
次から次へとこぼれるそれを必死に手首や手の甲で拭って、ずっと鼻をすすると、児玉さんはこれ以上にない笑顔で目一杯頷いてくれた。
「…見つけてもらったのは、わたしです」
駆けていく凛花の背中を見送ると、目に溜まった涙がぽろりと落ちた。