さよなら虎馬、ハートブレイク
一体、どれくらい走ったのだろう。走るたび弾むポン太の肩がお腹に刺さってそろそろこっちも苦しいよ、と思った頃だ。人気の少ない裏庭に辿り着くと、減速したポン太が半ば倒れこむ形でそっと私を地上に降ろした。
無理もない、着ぐるみの中がサウナ状態というのは誰もが知ってる理屈だ。呼吸のせいかさっきから着ぐるみの中シューシュー言ってるし。木にもたれかかってポン太を見ると、ポン太もまた座り込む。もふもふの無表情(笑顔)がじっと私を見たのち、
ぽん、と頭に手を添えた。
するとそれきり、顔を背けて立ち上がる。
「…あ、あの」
「 」
「!?」
余力を振り絞りよろよろと立ち上がったポン太の体は、しかしコントロールを失って向かいの木にぶち当たる。だめだポーカーフェイス(笑顔)だけど全然バテてんじゃん。って言うかあれ、
「あの!!」
「 」
「——————先輩、です、よね?」
振り向かないポン太が、一度硬直した。直後、バッと最後の力を振り絞って走り出す。
「あっ! ちょっと!」
いつもならきっと届かなかった。足だって私より速いから。でも今日はハンデがある。疲労、そして着ぐるみと言う名の。それでも速いポン太を必死で追いかけて、ぎゅっと唾を飲み込むと捨て身のタックルをする。
ポン太の腹部に抱きついた私もろとも芝生の上に転んで、ポン太の頭部が吹っ飛んだ。
「………っ、やっ…と捕まえた…」
「、」
「なんでひとが逃げたら追ってくるくせに、追いかけたら逃げるんですか」
あなたは。
背けた顔が、頭にタオルを巻いて汗だくになった藤堂《とうどう》先輩が、私に馬乗りになられてやっとこっちを向いた。生身だったら出来ないけどこんなこと。今の彼は胴体が着ぐるみだ。
走って体力を消耗したせいもある。払い除けられないのも知ってる。酸欠で少し霞んだ瞳が流し目で私を見る、それだけで胸が熱くなって、愛おしい気持ちが溢れてくる。
「聞いてください」
彼はぷいとそっぽを向く。
「先輩!」
「なんだよ!」
「…っ聞いて」
汗が流れたと思ったら、涙だった。手首で拭って、ぎゅっと唇を噛みしめる。一瞬困ったように手を伸ばした先輩も、しかし触れる前に手を引っ込めた。
「告白のこと、」
「その話はもういい」
「よくない」
「何が!」
「だってうやむやになる!」