さよなら虎馬、ハートブレイク
 

「私が一度でも貴方に答えを求めましたか?

 私は知って欲しかっただけです、気付いた気持ちがあって、それを貴方にただ伝えたかった。頷いて、笑ってくれたらそれだけでいいと思った」

 好きだって伝えたその先が例え私たちにはなかったとしても。


「それだけ、じゃ、だめなんですか」

「…だめだよ」
「なん」

「応えたくなるこっちの気持ち、まるでわかってねーんだもん」


 今まで見てきた中で、一番切ない笑顔だった。

 一瞬。ほんの一瞬だけこのひとの真髄に触れた気がした。黒よりも深い黒にひたりと、透明な涙は落っこちて融解する。
 いくら掻き分けても見えない。彼がこうやって、いつだって自分をひた隠しにするんだから。


「オズちゃんの気持ちには答えられない」


 殺伐とした言葉に、ほんのちょっとの優しさを(とも)して。


「……ごめん」

 何を抱えてるんだろう。何を隠してるんだろう。

 手探りな感覚だけで私はゆっくりと口ずさむ。


「…私だって力になれる」
「無理だよ」
「無理じゃない、」

「簡単なことじゃないんだ」


 俺のせいで泣いて欲しくない。


「…わかってくれ」


 上体を起こした先輩は、(うつむ)いて目を合わせてくれなかった。でも言葉は、まぎれもない彼の中の真実だった。不鮮明で漠然としたやりとりの中、私たちを繋ぐ確かなものはここにあるお互いだけだ。もう追求しなくったっていい。

 今は、先輩を恋しいって想う気持ちが、こんなにも愛しい。

「…わかった」
「、」

「だってあなたを信じてる」

 私の言葉に、向かい合った彼の瞳が震えた。

 着ぐるみの手がそっと私の頬を撫でると、私も静かに目を閉じる。額が触れて、先輩の匂いがするのに届かない。いいんだ、もう。この体1つ、触れて交わすことすら出来なくたって。

 一生、この想いが届かなくったって。


「…演劇」

「…え」
「観に来て、頑張ったから。オズちゃんに観て欲しい」

「…うん」


 小さく控えめに頷くと、先輩は目を細めて笑った。


< 277 / 385 >

この作品をシェア

pagetop