さよなら虎馬、ハートブレイク
(…すごい人)
「凛花さんっ!」
「あ、児玉さん」
先輩が出るロミジュリは3年の演劇ラストの公演とかで、体育館内は大勢の人でごった返していた。翔青高が元より生徒以外の一般客の入場も許可しているから余計だろう。配置されたパイプ椅子から大いにあぶれた人が体育館の壁に敷き詰められ、その多くが今か今かと劇の開始を待ち侘びている。
会場に入ってすぐ行き場を失っていると、少しだけ人混みのマシなところで児玉さんがぴょんぴょん飛んで手を振っていた。
「来てたんだ」
「はい! ここ生徒会役員が動画撮影のために使う私有地なんで、演劇見れるベスポジでありながら他の生徒は踏み込めないという安地なんです」
「私普通の生徒だけど大丈夫」
「美少女手当てがあるのでオールオッケーです。あっ、始まりますよ!」
《———お待たせしました、ただいまより、3年B組演劇「ロミオとジュリエット」を開演致します》
すかさずガッツリビデオカメラを構え出す児玉さんに苦笑いした途端、館内のライトが消えてアナウンスが流れる。ざわついていた館内が期待や緊張の声を押し殺して静寂に包まれたころ、序詞役だろうか。スポットライトを浴びて、暗幕の前に一人の生徒が現れた。
『舞台も花のヴェロナにて、いずれ劣らぬ名門の
両家に絡む宿怨を今また新たに不祥沙汰。
仇と仇との親よりも 生い出でし花や、呪われの
恋の若人、あわれにも、その死に償う両家の不和。
宿世つたなき恋の果て、愛児の非業に迷いさめ
今は怒りも解けしちょう、仔細はここに、二時を、
足らわぬ節は大車輪
勤めますれば、御清覧、伏して願い奉る』
「…けっこー本格的」
「私話わかるかなぁ」
一礼してまた舞台袖へと消えていく序詞役を見送ると、近くの女子からそんな声が聞こえた。確かに、ロミジュリは話こそ聞いたことはあるけれど、全く予備知識0の人間からすると少し難しいのかもしれない。そのために概要を載せた広告を事前に配ってる訳だけど。
入場口に置いてあったチラシに視線を落としていると、暗幕が上昇し外国の屋敷の風景、そして慌ただしく駆け回る演者にスポットライトが当たる。
『おお、ロミオは何処へ行きました? 今日お会いになって?』
『いや伯母上、今朝あの森蔭を通りかかりますと、そんな早い時間にロミオ君が起き出して、散歩しているのです』
『あれの姿は、幾朝となくあそこで見られたそうだ。朝焼けの露に涙を結び添えるやら、さては深い溜息に、さらでも濃い雲に、さらに雲を憎しながらな』
『伯父上、原因はお判りなのですか?』
『わしも聞いてみたし、友人たちにも聞いてもらった
だが、奴は胸の内をただ己れの心に打ち明けるだけで、とにかく堅く秘密を守っている。悲しみの原因さえわかればすぐにも療法を求め、すぐにも施してやりたいのだが』