さよなら虎馬、ハートブレイク
何このあくまで演劇なのに他人事には思えない感覚は。
つきりと痛む胸に顔を逸らし、ぎゅうと胸元を抑える。そのまま静かに目を閉じると、
『ベンヴォーリオ!』
聞き慣れた声の登場で、館内にギャアッと黄色い悲鳴が響き渡った。
「待ってやばいやばいやばい前髪おろしてる前髪おろしてる前髪おろしてる前髪おろしてる」
「かっこいいいいいいい無理いいいいいい」
「アッなんか私呼吸が」
誰だよ全身タイツとか言ったやつ。
なんの前置きなしに突如舞台上に現れたロミオ、———こと藤堂先輩は、全身タイツではない中世の衣装を身に纏い、颯爽と挨拶を交わす。いつもあげてる前髪を下ろした方が女子人気抜群らしく、館内は一気に異常な熱気に包まれる。
完全にヒートアップしてしまった館内にさすがの彼も驚いて、完全に台詞どころじゃなくなってしまう。
「藤堂先輩こっち向いて———!」
「せんぱ、」
しー。
柔らかく控えめに微笑んだ顔が、その唇にそっと人差し指を添えてやんわりと顔を傾ける。いつもと違う衣装、髪型、そして必殺イケメンの無駄遣い。
先輩から繰り出された妖艶なそれに、騒いでいた生徒、そして館内にいた女性陣全員が骨抜きになってぶっ倒れ、
(…すけこまし)
私はといえばチッと歯切れのいい舌打ちをした。
『乳母、何処にいます、ジュリエットは? ここへ呼んでおくれ』
『あらまぁ、私としたことが、———お嬢様ったら、どこにいらっしゃいましたんでしょうねえ? ジュリエット様!』
『まあ、どうしたの? だれがお呼び?』
場面転換後、夫人と乳母の声を受け、そのひとが現れる。クリーム色のシフォンドレスに身を包み、花の髪飾りで軽く巻かれた髪を纏め、可憐な存在感を魅せるジュリエット、安斎先輩。
(…きれい)
『お前の知ってる通り、娘も、もうそろそろ年頃なんでねえ』
『そうそう、そのお嫁入り話なのよ、わざわざ私が話しに来たのは。ねえ、ジュリエット、あなたは一体どういう気持ちなの、結婚するということについて?』
『そんな身に過ぎたこと、まだ考えたこともありませんわ』
14にも満たないジュリエットは、母親と乳母にせがまれ青年貴族のパリスに求婚を迫られる。
美青年と噂はあれど好きでもない人間へ嫁ぐよう促す周囲に、ジュリエットはどんな思いだったのだろう。
『そう、ヴェロナの夏にもあの方ほどの美しい花は見られない』
『お顔の造作が、一つ一つどんなにかよく調和がとれ、どんなにお互い助け合って、中身を引き立てているか』
『一言でいいから。パリス様を好きになれそう、どう?』
『好きになれるように、お目にかかってみるわ、眼で見て、それで好きになれるものならね。でもそれはお母様のお許しの範囲内でだけよ、
それ以上深く、私の視線の矢を飛ばせることはお断りだわ』