さよなら虎馬、ハートブレイク
二つのお店にそんなに時間をかけた自覚はなかったのだけれど、結果、相当悩んでいたみたいだ。気がつけば時刻はお昼をとうに回っていて、お店もランチの時間が終わっているところが大概で。
ウッドデッキ調の広く落ち着いたお洒落なカフェに憧れの視線を飛ばしていたら、それに気づいた智也先輩の提案でそのお店に入ることになった。
「ホットチョコレートとクリームブリュレ、…と、エスプレッソってありますか?」
「ございます」
「じゃあそれでお願いします」
慣れない店内の雰囲気に瞬きさえ惜しんで辺りを見回す私だったけど、先輩が注文を終えると気付いてしまった事実を前にして、さっと青ざめる。と同時に一気にテーブルにへばりついた。
「な、なんかすみません」
「どうして?」
「だ、だって女子ばっかり」
外観からの雰囲気に飲まれて中のことなんか何一つ考えていなかった。メニューがどちらかというと女性客を狙ったものが多いからか、少なくとも午後のカフェタイムのこの時間、店内にいる男子は智也先輩だけで、周りはもちろんそんなこと気にしていないけれど…これ逆の立場で考えたら地獄だ。周りが男だらけとか死んだほうがマシだ。ピンチをチャンスに変えて笑うのはあいつだけに思えて、曖昧に笑った智也先輩にひそっと告げる。
「先輩だったら喜ぶんでしょうけど」
「昔なら悲鳴上げて即・卒倒だね」
「へっ?」
間の抜けた声を出す私に、向かいの彼は少し悪戯っぽい笑みを浮かべては、頬杖をついて外を見る。
「あいつ。今でこそあんなだけど昔はそうじゃなかったから。むしろ女の人怖がってたし」
「!?」
———そ、想像出来ない。というかやっぱり、やっぱりだ。智也先輩って、当然だけど、私の知らない藤堂先輩のこと、めちゃくちゃ知ってるんじゃないか。
太ももの上に伸ばしたままの両手を置き、ばくばくと鼓動が速くなるのがわかる。そうこうしている間に頼んだメニューが運ばれてきて、店員さんが丁寧に頭を下げて去ってもなお。机上の一点を見つめる私に気が付いたのか、智也先輩は小首を傾げた。
「…小津さん?」
「前までは感じなかったんです」
「何が?」
「先輩の時折見せる、距離だったり、人と一線置いてる、境界線みたいなもの。それが最近…なんでですかね。あからさまに見えるようになってしまって」
本音は誰にも告げられない。知られたら計算高くて醜い自分が滲み出る。
「蓋を開けてみたら、何もなかったんです、私の中に、あの人に関する知識。ひとっつも。
それなのに好きだなんて、先輩が困惑するのも無理なくて」
「…」
「智也先輩は、私の知らない先輩のこと知ってるんですよね。知りたいんです、あのひとのこと、教えてもらえませんか。どんなことでもいいんです」