さよなら虎馬、ハートブレイク
 

 今日、私はきっと、藤堂先輩のプレゼントを買うという建前の裏で、私の知らない先輩の姿に期待した。私の知らない彼を、このひとの口からなら聞けるんじゃないかと思ってた。それが叶ったら案の定しめたと思うなんて自分が(ずる)くて嫌になる。

 言葉は、声を発した自分にとっては明瞭でも、届く先で知らないうちに誰かを傷つけるのかもしれない。私の目を見ていた智也先輩は気持ちを()んだように頷いても、

 それきり目を逸らしてしまったから。


「…軽はずみなことは言えない。

 おれは小津さんの先輩でもあるけど、それ以前に、あいつの親友でもあるから」

「…」
「ごめんね」
「…いえ」

 軽く視線を伏せると、左右に小さく、首を振る。スプーンですくって口に含んだクリームブリュレは、甘く、それでいてカラメルがほろ苦い。
 どちらも突き詰めてしまえばいいものを、甘さの中に苦さを求めたがったり、時折(ときおり)の不穏が無いと幸せを噛み締められないのは、私の知る限り人間だけだ。

 変なの、と思った。ヒトはいつも矛盾の上で成立している。


「奈緒子さんって、どんな人なんですか?」


 切り替えて、茶化してやろうとそんなつもりだった。ある程度の距離を置いた問いに、智也先輩はおもむろに自身のスマホを取り出す。
 そして、ボリュームを落とすと、保存していた動画の再生ボタンを押した。

 突如、ぱっと画面いっぱいに映る、一人の黒髪男子の横顔。———藤堂先輩だ。髪は下ろし、まだ少しあどけなさの残る顔立ちは向けられたカメラに気付くと、少しだけ笑ってピースする。


《動画でした〜》

《うわってめ恥ずかしいやつじゃんそれやめて》
《あはは照れんなよ》
《てかそれ俺のスマホだよね?》
《うんだって私ので真澄《ますみ》なんか録ったらスマホ壊れるし》
《どういう意味それ喧嘩売ってんのそれ》


 真澄。聞き慣れない響きと、その声の主から撮影者が奈緒子さん、だということがわかる。丘の上、街一面を一望出来る高台からの景色が映り、さらさらと草木が揺れる声がする。


《はいっ。じゃー頑張って上って来たので宣誓。それぞれ将来の夢一言ずつ、張り切ってどーぞっ》

「ちょっと飛ばすね」

 智也先輩の指が伸びて、少し進んだ先で止まる。映像はまた動き出し、相変わらず街並みを映していたスマホに智也先輩の声が入る。

《奈緒子は何になりたいの?》

《んー…石油王》
《じゃ俺海賊王》
《お前ら真面目に答えろ》


 スマホが空を映して、雲一つない快晴が一面に広がる。眩しさに目を逸らす手前、淡いブルーのジーンズを履いた女の人の足元が映った。たったいま立ち上がったのか、隣に座っていた藤堂先輩がそれを追うように顔を上げる。


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