さよなら虎馬、ハートブレイク
《なお、》
あ、
(知らない)
知らない、と思った。
こんな風に誰かを愛おしそうに呼ぶあのひとの声を
私は、知らない。
呼ぶ声に振り向いて、被っていた白の帽子を脱ぐと、そっと藤堂先輩に手渡す。絹のように真っ直ぐな細い茶髪は風を受けてなびき、陽の光を受けて輝いて、大きく。希望に満ちた強い眼差しはようやく露わになった姿をカメラに向けて、笑った。
細く、華奢で、それでいて強く、真っ直ぐな。
——————息を呑むほど、綺麗なひと。
《私はねー、弁護士になりたい。
それで困ってるひとたっくさん助けてあげるんだ》
《…俺が依頼人だったらお前みたいなのまっぴらごめんだね》
そこには
《何をー!? そんなこと言うやつにはもしゃもしゃ攻撃だ》
《うっわやめろ耳はやめろ耳はやめあっはははギブギブギブ》
そこには、先輩が奈緒子さんに恋をしていた証拠が
確かに、あった。
「…見ての通り、美男美女だからさ。周囲からは理想のカップルだなんて呼ばれてた。まぁ周りが囃し立てるより全然頭おかしかったけどこの二人」
「…」
「小津さん?」
「あ、…りがとうございます」
もう、大丈夫です。
俯いて、笑う。自分で見せてって言ったくせに、弱くて脆くて、ばかみたいだけど。突き返したスマホから届く声を、もう聞いていられる自信はなかった。
☁︎
「今日一日、本当にありがとうございました」
西に傾いた太陽が時期に空を染めて、見上げた先に浮かぶのは昼と夜の境だった。高台に登れば見える日暮れも、街中ではビルに飲まれて窺えない。
分かれ道でぺこりと頭を下げた私に、彼は黙って左右に首を振る。
「勉強の忙しい時期に連れ回しちゃって、もし支障きたしたらぶん殴って下さい」
「一日二日でどうにかなるやつは元々大したことないよ」
「確かにそうだ。あ、あとこれ」
持ってもらっていた先輩へのプレゼントを受け取る直前、鞄から同じように〝父親向け〟に買ったプレゼントを取り出す。少し乱れた包装を整えると、そのまま智也先輩に差し出した。