さよなら虎馬、ハートブレイク
私の好きなもの。
通学途中にいる野良猫のザラ。
朝休み、誰もいない教室で聞くROCK。
いちご味の風船ガム。
それを噛みながら天気のいい日に中庭の木陰でする昼休みの読書。
私の嫌いなもの、
「たらりらったら~マジックハンド~」
そんな私の至福のひとときを邪魔しにくる先輩。
声の出所は、今しがた背後の茂みから嗄れ声をお見舞いした変態だ。物語が佳境を迎えるこれからって時に、と舌打ちをつくとぱたりと文庫本を閉じて、振り向く。
「………何それ」
「ドンキで買った手のひら形マジックハンド。定価780円」
「…それで私に触ろうってんですか? 片腹痛いですね」
「うわなんかすげえディスられた…」
せっかく人が買ってきたのにつれねえな、と咳払いをするのは他の誰でもない、先輩・こと藤堂真澄である。
かの有名な猫型ロボットアニメのキャラを真似たせいで声が嗄れたのか、何度か喉を抑えてうんうん唸ったのち、そのおもちゃをグーパーしながら高く上げた。
「これで話しかける時とか手ぇ伸ばさずに済むじゃんよ!」
「いやその前に声かけてください」
「あとはあれだ。無性に誰かと手を繋ぎたい夜に持ってこい」
「何そのクソみたいな使い道」
クソとは何だクソとは! とか前のめりになる先輩のことは小指を耳に突き立てて、さっとベンチから立ち上がる。
私が座るベンチの背もたれ側から顔を覗かせていた先輩は、逃げる私に、黄色の柄に赤い手のひらのそれを伸ばすとがしょんがしょん、と音を立てた。予想を裏切らず、あのマジハンはださいし音もでかいらしい。
そこでハッと嫌な予感が過る。
「…まさかとは思いますけどそれ、例の諭吉さんで支払ったんじゃ」
「ん? よくわかったねご名答」
「馬鹿なの!?」
「おい!」
きみさっきから口悪いけど俺一応先輩! 歳二つ上! とかなんとか叫んでるけどそんなことは知ったことじゃない。この人本当に成績学年首位か、だとしたら頭の使い道どっか履き違えてるだろ。