さよなら虎馬、ハートブレイク
「藤堂先輩何してるんですかー?♡」
自分の下駄箱を開けて、ローファーに手を伸ばした時だった。死角から届いた声に肩を揺らし、そろりと背中を仰け反らせる。すると、ちょうど同線上に1年生二人に話しかけられて今まさに笑顔になった、藤堂先輩が見えた。
「彼女待ってまーす」
「彼女いたんですか!?」
「うっそー絶賛募集中」
「何それ〜」
さよならー、と愛想良く手を振る二人組に、これまたいつもの爽やかスマイルで手を振り返す、先輩。
遠くにいたって謎のセンサーで私を感知するこのひとだ。案の定、振り向いて私に同じ笑顔をくれる彼と目があった。
うそつき。何が絶賛募集中だ、本当は彼女いるくせに。
彼は一呼吸忍ばせると、口の端を上げたまま、片手を軽く上げる。
「よ」
「…何してんですか」
「出待ちの練習」
スラックスのポケットに両手を入れた先輩は、柱にもたれた体をやんわりと起こす。肩に提げた中身のロクに入ってなさそうな学生鞄に、緩く巻かれたネクタイ。10月に入ると春同様腕まくりしたブレザーを纏って、その左手にはお約束の腕時計。
その軽装備には今日私が渡したプレゼントが見えないなと、踵をすとんと入れたローファーで爪先からとんとんと地面を蹴った。
「オズちゃん今から暇?」
「じゃないです」
「どーせドラマの再放送待機だろ」
「な゙ん」
横をすり抜けた先輩に振り向くと、無表情の彼がそこにいた。見上げて目を見開く私に、先輩はまた糸が切れたみたく顔を綻ばせる。
「ちょっと、付き合ってほしいとこあるんだけど」
「やー、オズちゃんと初体験」
「やめてくださいその表現」
結局、断り切れずに先輩の無茶ぶりに付き合わされるハメになった私は、今。彼と電車の駅のホームにいる。本来であれば徒歩通学、雨でもバスで往復が叶う通学路なのに、学校帰りに電車でどこかへ行くのなんて初めてだ。
寄り道するつもりもなかったから持ち合わせも少ないと言ったのに、先輩は「金そんな使わないから大丈夫」の一点張りだし。でも珍しい。普段、この人は破天荒に見えてもどちらかといえば他人の意志を尊重するタイプの人だ。誰かに振り回されることはあっても、なんやかんや強要して振り回すところを見たことはあまりない。
「前にもあったじゃないですか、寄り道なら」
「いつだっけ」
「春に三人でパンケーキ食べに行ったでしょ」
「あん時は柚寧ちゃんがいたじゃんよ」